日本三大山城とは!?
古代から中世に、険阻な山を利用して山上に築かれたのが山城。居住空間としては不便なため、山麓に居館が置かれたりしました。日本三大山城に数えられるのは、岩村城(岐阜県恵那市)、高取城(奈良県高取町)、備中松山城(岡山県高梁市…
NEWS&TOPICS古代から中世に、険阻な山を利用して山上に築かれたのが山城。居住空間としては不便なため、山麓に居館が置かれたりしました。日本三大山城に数えられるのは、岩村城(岐阜県恵那市)、高取城(奈良県高取町)、備中松山城(岡山県高梁市…
28兵庫県兵庫県丹波市春日町の城山(標高356.8m)の山上にある山城が、黒井城(くろいじょう)。山麓は標高100mほどなので、比高250mという難攻不落の山城で、山全体が要塞のように築かれています。ハイキングの装備で入山しないと…
22静岡県静岡県浜松市天竜区水窪町にある中世の山城が、高根城(たかねじょう)。遠州(静岡県西部)と信州(長野県)との信遠国境に近い久頭合の山頂、標高420mに築かれた山城で、秋葉街道沿いの要衝です。戦国時代には武田信玄の遠江侵攻の…
22静岡県静岡県沼津市根古屋、すぐ横を東海道新幹線が駆け抜ける愛鷹山の山裾にあるのが、興国寺城(こうこくじじょう)。愛鷹山から派生する支尾根の篠山を利用して築かれた中世の城で、北条早雲(伊勢新九郎盛時)旗揚げの城。隠れた名城ですが…
13東京都東京都渋谷区猿楽町、東急東横線代官山駅近く、代官山ヒルサイドテラスの敷地内にある古墳が猿楽塚(さるがくづか)。北塚と南塚の2基の円墳あり、直径20m、高さ5mと大型の北塚が猿楽塚で猿楽町という町名の由来にもなった塚。渋谷…
24三重県戦国時代に織田信長が一揆軍に手を焼き、江戸時代初期には徳川幕府が大坂城へ睨みを効かせた三重県(伊勢・伊賀)。日本100名城に選定の伊賀上野城、松坂城、続日本100名城の津城、多気北畠氏城館、田丸城、赤木城が三重県六大名城…
21岐阜県肥沃な濃尾平野の扇の要となる美濃国(岐阜県南部)は、斎藤道三、織田信長の覇権争いの地。信長が天下布武を掲げた岐阜城、日本三大山城の岩村城が日本100名城。続日本100名城選定の郡上八幡城、苗木城、美濃金山城、大垣城の計6…
22静岡県静岡県掛川市、御前崎から西に続く海岸線の奥、かつての海岸段丘の上に築かれた城が、横須賀城。高天神城(たかてんじんじょう)が高天神城の戦いで、武田勝頼に奪われた後、徳川家康が城攻めの拠点として築いたのが、横須賀城で、城跡は…
22静岡県静岡県掛川市の高天神城を主戦場に、遠州進出し、上洛を狙う武田信玄、武田勝頼と徳川家康(その背後に織田信長)との間での二度に渡る激戦が、高天神城の戦い。高天神城を攻略するために、武田勝頼は諏訪原城、徳川家康が横須賀城を築く…
21岐阜県岐阜県可児市(かにし)、標高277mの古城山の山頂に築かれた中世の山城跡が、美濃金山城(みのかねやまじょう)。続日本100名城に選定されるほか、美濃金山城跡として国の史跡に指定。天文6年(1537年)、尾張侵攻を目論む斎…
23愛知県地元で三英傑(織田信長、豊臣秀吉、徳川家康)の出身県でもある愛知県。日本100名城選定の名古屋城、岡崎城、長篠城、犬山城(国宝天守)と、続日本100名城選定の小牧山城、吉田城、そしてちょっぴり無名の古宮城が愛知県七大名城…
13東京都東京都八王子市椚田町、京王線めじろ台駅の南、縄文時代中期の典型的な集落遺跡の椚田遺跡(くぬぎたいせき)を公園として整備したものが、椚田遺跡公園。遺跡の6分の1のエリアで、繩文時代中期中葉の竪穴住居跡45基が発見され、全体…
13東京都東京都あきる野市雨間にある古墳が、大塚古墳。JR五日市線の東秋留駅〜秋川駅の車窓(北側)からも視認できるこんもり茂る森が大塚古墳で、畑が減り市街化が進むなかで、貴重な緑となっています。円墳のような形状ですが、一辺33m、…
13東京都東京都府中市分梅町1丁目の住宅地の中にある古墳が、高倉塚古墳。6世紀前半(古墳時代後期)に築かれた直径22m、高さ2.5mほどの円墳ですが、古墳自体は公園化されて残存していますが、住宅が迫り、その一部が削られています。す…
43熊本県熊本県の古墳時代は有明海に面した平野部だけでなく、阿蘇谷にも巨大な古墳が築かれています。これは阿蘇谷に豊富な資源があり、古代の工場があったから。氷川町の大野窟古墳、阿蘇市の長目塚古墳、山鹿市の岩原双子塚古墳が現存する熊本…
43熊本県熊本県阿蘇市一の宮町、肥後国一之宮・阿蘇神社の北、阿蘇北外輪山の麓に築かれている阿蘇の古代を今に伝える古墳が、長目塚古墳(ながめづかこふん)。墳丘長111.5m(一部が削平、推定復元116.5m)で、熊本県では大野窟古墳…
44大分県大分県の古墳時代は、豊後海峡を支配し、瀬戸内海へと乗り出した海の民が繁栄した時代。海運技術に秀でた民を支配する首長をヤマト王権が見逃すはずもなく、王権と密なる関係を築いた首長墓が、杵築市の小熊山古墳、大分市の亀塚古墳、築…
41佐賀県日本最古の水田の跡のある菜畑遺跡、そして吉野ヶ里遺跡など、古代には大陸との交流の窓口でもあった佐賀県。有明海に臨む佐賀市(佐賀平野)の船塚古墳、銚子塚古墳が1位と3位、間に入ったのが、唐津市の唐津湾に流れ出る松浦川河口部…