長目塚古墳

長目塚古墳

熊本県阿蘇市一の宮町、肥後国一之宮・阿蘇神社の北、阿蘇北外輪山の麓に築かれている阿蘇の古代を今に伝える古墳が、長目塚古墳(ながめづかこふん)。墳丘長111.5m(一部が削平、推定復元116.5m)で、熊本県では大野窟古墳(八代郡氷川町、123m)に次ぐ第2位の巨大な前方後円墳です。

阿蘇谷に築かれた熊本県最大級の前方後円墳

熊本県の史跡に指定される中通古墳群(なかどおりこふんぐん/前方後円墳2基、円墳8基が現存、東岳川を挟んで東部群と西部群に区分)の主墳で、かつては墳丘周囲に周溝、外堤が巡らされていたと推測されています。

埋葬施設は後円部にあると想定されていますが、発掘調査は行なわれていません。
前方部にも石室があり、人骨(成人女性)、銅鏡、武器類など多数の副葬品が出土し、9種451点が熊本県の重要文化財に指定されています。

築造は、5世紀前半(古墳時代中期)で、阿蘇国造(あそのくにのみやつこ)の墳墓とする説もあり、阿蘇君(あそのきみ=氏神は阿蘇神社)、あるいと深い関連のある首長の墳墓だと推測できます。
古墳の北東には国造神社(こくぞうじんじゃ・くにのみやつこじんじゃ)が鎮座し、熊本県最古の神社ともいわれています。

世界遺産を目指す阿蘇の貴重な文化遺産で、構成資産のひとつが、中通古墳群です。
阿蘇谷には弥生時代〜古墳時代に鉄器、装飾古墳にも使われる紅殻(ベンガラ)を大量に生産する集落があり(下山西遺跡、下扇原遺跡、狩尾遺跡群=沼鉄鉱の鉱床を用いた簡易的な製鉄遺跡)、有明海を通じてヤマト王権と交流があったのかもしれません。

こうした歴史を秘めた阿蘇は、世界文化遺産の登録を目指しており、長目塚古墳のある中通古墳群も重要な構成資産になっています。

長目塚古墳
名称 長目塚古墳/ながめづかこふん
所在地 熊本県阿蘇市一の宮町中通1198
関連HP 阿蘇市公式ホームページ
電車・バスで JR宮地駅からタクシーで10分
ドライブで 九州自動車道熊本ICから約38km
掲載の内容は取材時のものです。最新の情報をご確認の上、おでかけ下さい。
熊本県三大古墳

熊本県三大古墳とは!?

熊本県の古墳時代は有明海に面した平野部だけでなく、阿蘇谷にも巨大な古墳が築かれています。これは阿蘇谷に豊富な資源があり、古代の工場があったから。氷川町の大野窟古墳、阿蘇市の長目塚古墳、山鹿市の岩原双子塚古墳が現存する熊本県三大古墳です。大野

阿蘇神社

阿蘇神社

阿蘇市一の宮町にあり、創建は神代に遡ると伝えられる古社で、一の宮町の町名も阿蘇神社が肥後国(ひごのくに)一之宮であることに由来します。阿蘇開拓の祖で神武天皇の孫といわれる健磐龍命(たけいわたつのみこと)をはじめ、十二神を祀り、青森県を北限に

 

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