群馬県庁昭和庁舎
昭和3年に完成した群馬県庁の庁舎が群馬県庁昭和庁舎。設計は早稲田大学大隅講堂、日比谷公会堂と同じ佐藤功一。関東近県では、最も先進的な建築技術を駆使した県庁で国の登録有形文化財になっています。平成11年まで本庁舎として使わ…
昭和3年に完成した群馬県庁の庁舎が群馬県庁昭和庁舎。設計は早稲田大学大隅講堂、日比谷公会堂と同じ佐藤功一。関東近県では、最も先進的な建築技術を駆使した県庁で国の登録有形文化財になっています。平成11年まで本庁舎として使わ…
群馬県前橋市、群馬県庁昭和庁舎の向かい側に建つレトロな洋館は、昭和5年築の群馬県内最古の公会堂、群馬会館(国の登録有形文化財)。設計は群馬県庁昭和庁舎(昭和3年築)と同じく佐藤功一。佐藤功一は日比谷公会堂(昭和4年)、早…
群馬県渋川市の伊香保温泉街の入口、伊香保公民館横にあるのが峠の公園。ホテル木暮へと続く八幡坂の入口にあるこの峠の公園は東武伊香保軌道線(昭和31年廃止)の軌道跡。地元有力者の木暮武太夫を社長にして、明治43年に伊香保電気…
伊香保温泉(群馬県渋川市)では、温泉を最奥部の猿沢に湧く源泉(黄金の湯=硫酸塩泉/毎分4000リットル)から地下の湯樋(ゆとい)を使って、石段街に流し、16ヶ所ある小間口から各旅館に分湯する独特の方法を採用。石段の途中に…
群馬県渋川市に湧く、伊香保温泉。その最上部に鎮座する伊香保神社から徒歩10分、温泉街の最奥、伊香保露天風呂脇にある第2号源泉湧出口を見学できるのが源泉湧出口観覧所。湧出量毎分4627リットルという源泉(硫酸塩泉)が勢いよ…
伊香保温泉(群馬県渋川市)は、明治初期に「日本の温泉医学の父」といわれるベルツ博士(お雇い外国人・ドイツ帝国の医師)から国内で初めて、医学的温泉療法の指導を受けた名湯。伊香保温泉飲泉所は、伊香保神社から伊香保露天風呂に向…
群馬県渋川市の伊香保温泉(いかほおんせん)。石段街上の伊香保神社脇から、さらに急坂を登り詰めたところにある公共の露天風呂が伊香保露天風呂です。古くからの源泉である黄金の湯(こがねのゆ)が掛け流しで注がれます。竹垣に囲まれ…
信越本線横川駅(群馬県安中市)の名物駅弁が「峠の釜めし」。昭和33年、益子焼の土釜に入った駅弁「峠の釜めし」が発売され、その後、全国屈指の人気駅弁へと成長しました。昭和39年には自動車旅行の増加にあわせて「峠の釜めし・ド…
群馬県前橋市の中心部を流れる広瀬川のほとりに整備された、緑あふれる緑地で、広瀬川河畔緑地緑道が整備されています。広瀬川は利根川水系の一級河川で、江戸時代に灌漑用水として整備され、農林水産省選定の「疎水百選」のひとつ。「水…
伊勢崎市境島村地区は、江戸時代中期から蚕種(さんしゅ=カイコの卵)製造の盛んな地域で、田島弥平は養蚕方法を研究し、蚕の飼育には自然の通風が重要であると考え「清涼育」を大成させました。近代養蚕農家の原型ともいわれる田島弥平…
群馬県前橋市、利根川と広瀬川に挟まれた、36.6haという広大な面積を誇る運動・レクリエーション公園(群馬県管理のスポーツ施設区域17.8ha=北側と前橋市管理のレクリエーション区域18.8ha=南側)が敷島公園。大正1…
群馬県前橋市、敷島公園ばら園内にある戦前、日本一の蚕糸の町として栄えた前橋の歴史を伝える博物館が前橋市蚕糸記念館。建物は、明治45年に前橋市岩神町(現・前橋市昭和町3丁目)に建てられた国立原蠶種製造所(原蠶種/原蚕種=げ…
群馬県桐生市(きりゅうし)にある県立の施設が県立ぐんま昆虫の森で、45haの敷地に雑木林ゾーン、水田ゾーン、桑畑ゾーン、冨士山沼ゾーンなどに分かれた里山を再現。自然環境に近い状態で多種にわたる昆虫を飼育し、昆虫を探し、手…
群馬県前橋市にある明治17年築の迎賓館で、本館、別館、茶室が国の重要文化財。本館は明治17年に初代群馬県令・揖取素彦(かとりもとひこ=元・長州藩士で吉田松陰の妹の夫、薩長同盟に尽力)が迎賓館として建てた近代和風の木造建築…
江戸時代、世界に2つしかなかったという女性の縁切寺(駆け込み寺)が、群馬県太田市の満徳寺と鎌倉の東慶寺。ともに徳川家ゆかりの尼寺で、満徳寺は、明治維新後、檀家がないために廃寺に。太田市立縁切寺満徳寺資料館は旧境内の一角に…
群馬県太田市の世良田東照宮、長楽寺に隣接する歴史公園に建つ新田荘を中心とする一帯の歴史を解説する資料館が太田市立新田荘歴史資料館。古墳時代には1000基を超える古墳が築かれた東日本最大の勢力を誇る毛野国(けぬくに)の中心…
群馬県太田市にある縁切寺満徳寺遺跡公園は、江戸時代に縁切寺として機能した満徳寺(廃寺)の境内一帯を遺跡公園としたもの。満徳寺は、鎌倉時代に世良田義季(せらだよしすえ/新田義重の四男で、家康が徳川家の祖としています)が開基…
群馬県太田市金山城跡近くにある浄土宗の寺、大光院は、徳川家康が新田氏の祖・新田義重(源義家の孫)の菩提を弔って、江戸の芝・増上寺で修行した浄土宗の僧・呑龍(どんりゅう)上人を招き、慶長18年(1613年)に建立。徳川家康…