富士スバルライン五合目
山梨県側の富士登山・旧船津口・精進口の五合五勺に位置するのが、富士スバルライン五合目(山梨県鳴沢村)。富士スバルライン(富士山有料道路)終点で、標高2304m。富士登山のもっともポピュラーな河口湖口の起点で、六合目で吉田…
山梨県側の富士登山・旧船津口・精進口の五合五勺に位置するのが、富士スバルライン五合目(山梨県鳴沢村)。富士スバルライン(富士山有料道路)終点で、標高2304m。富士登山のもっともポピュラーな河口湖口の起点で、六合目で吉田…
富士北麓、山梨県富士河口湖町、鳴沢村に広がる広大な針葉樹の樹海が青木ヶ原樹海。平安時代初期の貞観6年(864年)〜貞観8年(866年)、富士山の貞観大噴火(じょうがんだいふんか)で、長尾山の大噴火(割れ目噴火)による溶岩…
山梨県南都留郡鳴沢村、富士五湖のひとつ、西湖の南側に連なる標高1164.6m、足和田山系のピークにある富士山を眺望する絶景のビューポイントが紅葉台展望台。西湖、本栖湖(もとすこ)の2湖を眺めることから、別名「二湖台」とも…
河口湖周辺(山梨県富士河口湖町)で見られるラベンダーは約10万株。このうち8万株が植えられているのが八木崎公園で、例年6月下旬~7月中旬に開催される、『河口湖ハーブフェスティバル』のメイン会場にもなっている公園。河口湖南…
山梨県富士河口湖町、河口湖の北岸の大石地区、富士山を眺める河口湖屈指の絶景スポットが大石公園。園内には、人気のラベンダー、コキアなど90種類以上の花々が四季を通じて咲き、全長350mの「大石公園の花街道」が整備されていま…
山梨県大月市街の北側にそびえる標高634mの岩峰が岩殿山。武田二十四将のひとり、小山田信茂(おやまだのぶしげ)が、天然の要害を利用して山上に岩殿城(いわどのじょう)を築いた地。JR・富士急行線大月駅から山頂までは、大岩壁…
山梨県甲府市古府中町にある曹洞宗の寺、大泉寺(だいせんじ)甲州統一を果たし、武田氏歴代の居館のあった鎌倉街道の起点・石和(いさわ)から府中・躑躅ヶ崎(つつじがさき)へ館を移したのは武田信玄の父・信虎。信虎は信玄によって駿…
京都府向日市にある古代の都・長岡京の皇居の跡が長岡京跡(国の史跡)。桓武天皇の勅命で、延暦3年(784年)11月11日、平城京から遷都され、延暦13年(794年)10月22日に平安京に遷都されるまで、淀川の舟運が利用でき…
元亀4年(1573年)、信州駒場で病死した武田信玄を密かに仮埋葬した地と伝えられているのが甲府市岩窪町にある信玄公墓所。武田信玄は上洛途中で病に倒れ、その遺言によって、喪を3年間も隠し続け、さらに万一の外敵を恐れて、埋葬…
山梨県甲斐市竜王にある堤防が信玄堤(しんげんつつみ)。武田信玄の父・武田信虎は甲斐統一後、府中(甲府)に居館を移し、城下町の整備を行なっています。その子、信玄は天文11年(1542年)の釜無川、御勅使川の大氾濫を契機にし…
山梨県富士吉田市、市街地の中心を走る国道139号線と国道137号の交差点の南に、道路をまたいで建つ巨大な鳥居が金鳥居(かなどりい)。富士山登拝の一ノ鳥居(北口本宮冨士浅間神社の一ノ鳥居)で、ここから上部が富士山の神域とい…
山梨県富士吉田市、富士山の吉田口登山道にある史跡が吉田口馬返し。往時、吉田口からの富士登山は、北口本宮浅間神社に参詣し、富士山頂を目ざしました。馬返しまではその名の通り馬に揺られて登山することができ、馬返しから500mほ…
身延山久遠寺と飛び地である七面山敬慎院(しちめんざんけいしんいん)を結ぶ道が、身延山追分道(身延往還)。その道筋にある赤沢宿(山梨県南巨摩郡早川町)は、巡礼者でにぎわった宿場町。南アルプスの山中に昔ながらの家並みが奇跡的…
山梨県甲州市塩山藤木にある真言宗智山派の古刹が放光寺。武田氏の祖で、新羅三郎義光の子孫という安田義定が、元暦元年(1184年)に創建。源平合戦で功績をたてた甲斐源氏・安田義定が一ノ谷の戦いの戦勝を記念して創建した寺で、戦…
京都府乙訓郡大山崎町にそびえる標高270mの山、天王山。西山腹が摂津国(大阪府)と山城国(京都府)の国境に位置し、山城盆地の西にそびえる西山の南端。山頂近くに位置する酒解神社(さかとけじんじゃ)が牛頭天王を祀ることがその…
京都府長岡京市にある菅原道真(すがわらのみちざね)を祭神とする古社が長岡天満宮。菅原道真が九州・大宰府(だざいふ)に左遷されるにあたり、在原業平(ありわらのなりひら)と詩歌管弦を楽しんだ長岡に立ち寄り、名残りを惜しんだと…
山梨県山梨市、甲府盆地を見下ろす山の斜面に広がる公園。広大な敷地には、ブルーベリーやラズベリーなどの果樹園を一巡してフルーツに関する知識を深める「フルーツアドベンチャー」、カフェ、ショップ、絶景のレストラン、わんぱくアス…
『日本書紀』には、斉明天皇元年(655年)の冬、飛鳥板蓋宮(あすかいたぶきのみや/現・奈良県明日香村岡にあった飛鳥京の皇居)が火災に遭ったため、斉明天皇は飛鳥川原宮へ遷ったと記されており、その飛鳥川原宮跡と推測されるのが…