谷戸城
山梨県北杜市の大泉高原にある中世の山城の城跡が、谷戸城跡(やとじょうせき)。城は平安時代末期から鎌倉時代初期の要害城の典型で、15世紀以降も城として使われていたことが出土品から判明。武田信玄が造った軍用道路「信玄棒道」(…
山梨県北杜市の大泉高原にある中世の山城の城跡が、谷戸城跡(やとじょうせき)。城は平安時代末期から鎌倉時代初期の要害城の典型で、15世紀以降も城として使われていたことが出土品から判明。武田信玄が造った軍用道路「信玄棒道」(…
甲斐の武田氏の発祥地、山梨県韮崎市の古社、武田八幡宮。社伝によれば弘仁13年(822年)、武田王の祠廟に宇佐神宮の分霊を勧請して創建したという古社。さらに清和天皇の貞観年間(859年~876年)に京・石清水八幡宮の分霊を…
武田信玄が八ヶ岳山麓に築いた軍用道路が信玄棒道(しんげんぼうみち)。上の棒道、中の棒道、下の棒道の3本が甲斐国から信濃国諏訪へと通じていましたが正確な経路は不明。既存の道を改修したのか、新道を開いたかも定かでありません。…
12世紀から西国を代表する修験道の聖地として栄えた英彦山(ひこさん/中世には彦山)。神仏習合の彦山三所権現が祀られ、山中にはわかっているだけでも800ほどの坊がありました。英彦山山麓(福岡県添田町)に残る旧亀石坊庭園は…
江戸時代以前は、出羽三山(山形県)、吉野山・大峰山(奈良県・和歌山県)と並ぶ日本三大修験道場のひとつとして、修験道で栄えた英彦山(福岡県添田町)。明治初年の神仏分離、それに続く修験禁止令で、英彦山全体を神域とする英彦山神…
福岡県添田町と大分県中津市にまたがる標高1199.5mの霊山が英彦山(ひこさん)。江戸時代以前の神仏習合時代には修験道で栄え、出羽三山(山形県)や吉野山・大峰山(奈良県・和歌山県)と並ぶ日本三大修験道場のひとつ。北岳、中…
雪舟終焉の地といわれる島根県益田市にある臨済宗東福寺派の寺、医光寺。雪舟作庭と伝わる庭園は、雪舟四大庭園のひとつ。南北朝時代の貞治2年・正平8年(1363年)に天台宗の崇観寺(すうかんじ)として創建。文明年間(1469年…
山口県山口市宮野下にある臨済宗東福寺派の寺、常栄寺。もとは室町時代に造られた大内氏14代・大内政弘(おおうちまさひろ)の別荘跡で、父・大内教弘(おおうちのりひろ)が、夫人・妙喜尼の菩提を弔うため曹洞宗の寺、妙喜寺を開山。…
島根県益田市にある時宗の寺、萬福寺(まんぷくじ)。雪舟庭園があることで知られ、庭園は国の史跡及び名勝に指定されています。雪舟は文明年間(1469年~1487年)、医光寺の第7世住職となり、庭園を手掛けるが、その時にあわせ…
京都の豪商・角倉了以(すみのくらりょうい)は、大堰川(保津川)を開削して丹波と京都を結ぶ水運を考案、慶長11年(1606年)にわずか5ヶ月で工事を完成させる。その水運のルートを利用して明治時代に始まったのが現在の保津川遊…
嵐山(京都市右京区)から上流の桂川(かつらがわ)を保津川(ほづがわ)と呼び、嵐山から亀岡市の保津大橋あたりまでのおよそ16kmの景勝地を保津峡と呼んでいます。丹波の杉や檜を筏に組んで流した川で、現在では保津川遊船企業組合…
綾部大橋は、京都府綾部市街地の東方、京都府道450号(広野綾部線)が由良川を渡る地点に昭和4年に完成した橋長210mの道路橋で国の登録有形文化財。木造でつくられた旧橋の形式が踏襲され、1スパン(径間)29.26mのボース…
毎年8月16日に行なわれる、京都の夏の風物詩『京都五山送り火』。最も有名な「大文字の送り火」が灯されるのが大文字山(465.3m)。京都の各地から眺められる大文字、逆にその火床は、京都一望の展望台にもなっているのです。山…
日本の童話『安寿と厨子王』は、中世に成立した説経節『さんせう太夫』が原作。森鴎外の代表作『山椒大夫』(さんしょうだゆう)で有名になりましたが、物語は丹後国(国府は現在の京都府宮津市)が舞台。京都府舞鶴市の建部山の山麓には…
京都府舞鶴市の西地区(西舞鶴)を流れる高野川河口の竹屋町にある倉庫群。これは、田辺城の城下町だった藩政時代から明治時代まで廻船業を中心に栄えた町並みが残るもので、大壁造り土蔵が軒を連ねています。西側の湾奥、現在の舞鶴西港…
京都府舞鶴市、田辺城(舞鶴城)の平成4年に復元された城門(大手門)2階が田辺城資料館になっています。細川幽斎を中心とした京極家、牧野家の田辺藩歴代藩主や、旧城下町模型などで田辺城下町の歴史を紹介。復元された大手門は本来の…
京都府舞鶴市、西舞鶴を走る国道175号沿いに建つ、道の駅舞鶴港とれとれセンターは、日本海側最大級の海鮮市場(480坪)を併設する道の駅。舞鶴港で水揚げされた鮮魚や、かまぼこ、珍味などを販売する海鮮市場、とれとれ寿司(吉本…
京都府舞鶴市、高野川を見下ろす愛宕山の山麓にある真言宗御室派の古刹、慈恵山円隆寺。『慈恵山記』などによれば、奈良時代に行基が開山し、平安時代中期の長徳年間(995年~999年)に皇慶上人が中興したと伝わる名刹。本尊の丈六…