奈良県三大名城とは!?

奈良県三大名城

奈良県で日本100名城に選定されるのは、高取町の高取城だけですが、日本三大山城に数えられる名城。さらに城下町が宇陀松山伝統的建造物群保存地区となる宇陀松山城、江戸時代に郡山藩の藩庁となった大和郡山城が続日本100名城で、この3つの城が、奈良県三大名城ということに。

高取城|日本100名城

所在地:奈良県高市郡高取町高取
築城年:元弘2年・正慶元年(1332年)
築城者:南朝方の越智邦澄(おちくにずみ)/豊臣秀長が家臣・本多正俊を配して大改修、植村家政が近世城郭に改修
主な城主豊臣秀長、植村家政
史跡:国の史跡
遺構:石垣、堀、井戸など
備考:美濃・岩村城(岐阜県恵那市岩村町)、備中松山城(岡山県高梁市)とともに「日本三大山城」のひとつに数えられています

高取城

高取城

美濃・岩村城(岐阜県恵那市岩村町)、備中松山城(岡山県高梁市)とともに「日本三大山城」に数えられる名城が奈良県高市郡高取町にある高取城。南北朝時代、元弘2年・正慶元年(1332年)、南朝方の越智邦澄(おちくにずみ)によって高取山(583.6

宇陀松山城|続日本100名城

所在地:奈良県宇陀市大宇陀春日
築城年:南北朝時代/福島高晴(福島正則の弟)が大改修
築城者:不詳
主な城主:加藤光泰、福島高晴
史跡国の史跡
遺構:石垣、曲輪、堀切
備考:城下町は、宇陀松山伝統的建造物群保存地区

宇陀松山城

宇陀松山城

奈良県宇陀市にある山城の跡が、宇陀松山城(うだまつやまじょう)。南北朝時代に築城され、江戸時代初期の元和の一国一城令で廃城になった城で、城下町は宇陀市松山伝統的建造物群保存地区に選定され、「森野旧薬園」などがあります。国の史跡に指定されるほ

大和郡山城|続日本100名城

所在地:奈良県大和郡山市城内町
築城年:応保2年(1162年)/天正8年(1580年)
築城者:郡山衆/筒井順慶が大改修
主な城主筒井順慶、豊臣秀長、松平忠明、本多政勝、水野勝成
史跡:奈良県の史跡
遺構:石垣、堀
備考:江戸時代には郡山藩の藩庁
追手向櫓、東櫓、追手門が再建、一帯は公園化され、「日本さくら名所100選」にも選定

大和郡山城

大和郡山城

奈良県大和郡山市に城跡がある大和郡山城(やまとこおりやまじょう)は天正8年(1580年)大和を統一した信長に臣従した筒井順慶(つついじゅんけい)の築城に始まる大和では最大規模の城郭。江戸時代には郡山藩の藩庁にもなった城です。公園となった城跡

奈良県三大名城とは!?
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日本100名城 近畿14城

江戸時代まで朝廷があった京に近く、戦国武将の活躍の舞台として歴史の表舞台に登場する機会の多い、近畿の名城。さらに江戸時代の初めには徳川幕府の西国監視の役割を果たした姫路や明石の城。近畿には魅力あふれる城が多く、天空の城として有名な竹田城など

 

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