旧太田脇本陣林家住宅

旧太田脇本陣林家住宅

岐阜県美濃加茂市、中山道(なかせんどう)の宿場町で、木曽川対岸の今渡への渡し場であった太田宿。江戸時代、太田宿の脇本陣を務めたのが林家で、街道時代の建物が旧太田脇本陣林家住宅です。尾張藩太田代官の指揮下で宿場の行政事務も司り、家業として質商、味噌・溜の製造販売も営んだ名家です。

街道時代の脇本陣が現存

卯建(うだつ)の鬼瓦の銘から明和6年(1769年)築と判明した主屋、質蔵や漬け物蔵など、江戸時代の名残をとどめる建物群のほか、文久元年(1861年)、皇女和宮降嫁の際に建てられた袖壁付きの表門も健在です(皇女和宮は、太田宿本陣に宿泊)。
主屋・表門・質倉・借物倉(かりものぐら)・隠居家(いんきょや)などは、国の重要文化財。

主屋は、現在も住宅として使用されているため、見学は奥座敷的な活用をされてきた隠居家部分のみが可能。
公開される隠居家は、文政12年(1829年)の家相図に基づいて修復されています。

脇本陣林家には江戸時代、槍ヶ岳開山で知られる浄土宗の行者・播隆上人(ばんりゅうしょうにん)も宿泊。
明治15年、自由党総理・板垣退助が、岐阜で襲われる前々夜(4月4日)に泊まったことでも知られています。
明治15年4月5日は岐阜市今小町の「玉井屋」に泊まり、4月6日に岐阜の中教院(現在の岐阜公園にあった神仏合併をすすめる大教院の県単位の下部組織)で遊説中に保守主義に傾倒する相原尚褧(あいはらなおふみ)に襲われています。

旧太田脇本陣林家住宅
名称 旧太田脇本陣林家住宅/きゅうおおたわきほんじんはやしけじゅうたく
所在地 岐阜県美濃加茂市太田本町3
関連HP 美濃加茂市観光協会公式ホームページ
電車・バスで JR美濃太田駅から徒歩15分
ドライブで 東海環状自動車道美濃加茂ICから約5.5km。または、中央自動車道多治見ICから約16.5km
駐車場 20台/無料
問い合わせ 旧太田脇本陣林家住宅 TEL:0574-28-1110/FAX:0574-28-1104
掲載の内容は取材時のものです。最新の情報をご確認の上、おでかけ下さい。
太田宿・本陣跡

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岐阜県美濃加茂市太田本町にある中山道の本陣の跡が太田宿・本陣跡。現存する遺構は、福田家が務めた本陣の立派な門のみで、文久元年(1861年)、皇女・和宮が14代将軍・徳川家茂に嫁ぐために下向した際に建てられたもの。元は、本陣の西正門であったも

太田宿・太田の渡し跡

太田宿・太田の渡し跡

岐阜県美濃加茂市にあるのが太田宿・太田の渡し跡。中山道(なかせんどう)の三大難所のひとつで「木曽の桟、太田の渡し、碓氷峠がなくばよい」と俗謡にもある急流・木曽川を越える、太田の渡し(渡船場)。太田橋のすぐ下流が太田の渡し跡。川に向かって伸び

 

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