小間口

小間口

伊香保温泉(群馬県渋川市)では、温泉を最奥部の猿沢に湧く源泉(黄金の湯=硫酸塩泉/毎分4000リットル)から地下の湯樋(ゆとい)を使って、石段街に流し、16ヶ所ある小間口から各旅館に分湯する独特の方法を採用。石段の途中には、小間口観覧所が設けられ、温泉が湯樋を勢いよく落下する様子をガラス越しに見学できます。

江戸時代の配湯システムが今も現役!

小間口

小間口からの分湯方式は、江戸時代初期の寛永16年(1639年)、安中藩主・井伊直好(いいなおよし)により規定された「樋口并切こ満寸法」(温泉を大堰から引湯するための樋と小間口の寸法)システムで、現在も伊香保温泉小間口権者組合がつくられるというその原形は変わらず、江戸時代の規約が頑なに守られているのです(江戸時代に「温泉の寒暖をめぐる争い」=源泉から遠いと湯温が下がる、「温泉の湯量をめぐる争い」=大屋/小間口によって湯量が異なる、などがありました)。

小間口(こ満口)というのは源泉が流れる本線「大堰」から、各源泉所有者(9軒の旅館=小間
口権者)への引湯の際に用いられる湯口のこと(現在は明治時代に追加された2ヶ所を含め16ヶ所の小間口があります)。

湯口と引湯部分には昔ながらに栗の生木でつくられたサイズの決められた樋が使われています。
小間板を取り付ける位置で、宿への湯量が調整できるという単純なシステム。
「切こ満」と呼ばれる湯の分け目から分湯されている部分に注目を。
夜間は内部に照明が当てられムード満点です。

小間口の配湯システムは井伊家がつくった

小間口

天正18年(1590年)、井伊直政が箕輪城に入城し、慶長3年(1598)には高崎城を築城。
伊香保温泉一帯と伊香保への伊香保道(三国街道・野田宿と伊香保を結ぶ道)は、井伊家の領有管理になっています。
慶長14年(1614年)、井伊直継が安中に入封すると、伊香保に関所(口留番所)を設置し、さらに伊香保の有力者14人の大屋を選び、大屋2名を年単位の当番で配していました。
寛永9年(1632年)、井伊直勝は家督を子の井伊直好に譲って隠居しますが(この年、伊香保は幕府直轄の天領に)、小間口のシステムは井伊直好(安中藩主)時代に完成しています。

井伊直好が引湯権に関する規定を定めた頃には、温泉の小間口を持つのは14氏。
延享3年(1746年)、12軒の大屋に十二支を付け、残りの2軒に「乾」、「坤」を付与しています。
現在は石段両横の大屋の屋敷跡に十二支のプレートが埋め込まれています。

老舗3軒へは多めの湯が配湯されている

「子」木暮武太夫、「丑」木暮八左衛門、「寅」木暮金太夫、「卯」島田平左衛門、「辰」岸権三衛門、「巳」岸六左衛門、「午」永井喜左衛門、「未」大島勘左衛門、「申」岸又左衛門、「酉」千明三右衛門、「戌」後閑弥右衛門、「亥」島田治左衛門、「乾」福田金左衛門、「坤」島田権右衛門。

ちなみに、干支の「子」を付与された筆頭大屋・木暮武太夫ゆかりの「ホテル木暮」は、2つの小間口から毎分1000リットルほどの温泉が給湯(全湧出量の4分の1)されています。
千明三右衛門分は、現在の「千明仁泉亭」(ちぎらじんせんてい/1502年創業という老舗)へ、岸権三衛門分は、現在の「岸権旅館」(竹久夢二が宿泊した岸権旅館/石段263段目の横に岸権旅館へ小間口があります)へという具合で、江戸の昔とまったく変わっていないのです。
ちなみにこの3軒が俗にいう「御三家」で、今も給湯量が多い老舗3軒(湯量が多いので源泉かけ流し)ということに。

小間口
名称 小間口/こまぐち
所在地 群馬県渋川市伊香保町伊香保
電車・バスで JR渋川駅から関越交通バス伊香保温泉行きで27分、終点下車、徒歩5分
ドライブで 関越自動車道渋川伊香保ICから約11km
駐車場 徳冨蘆花記念文学館駐車場(70台/有料)
問い合わせ 渋川伊香保温泉観光協会 TEL:0279-72-3151
掲載の内容は取材時のものです。最新の情報をご確認の上、おでかけ下さい。

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