岩宿遺跡

岩宿遺跡

昭和21年、新田郡笠懸村岩宿(現・みどり市笠懸町阿左美)の切り通しにあった関東ローム層露頭から在野の考古学研究者・相沢忠洋(あいざわただひろ)が石器に似た石片を発見。それが有名な岩宿遺跡で、日本で最初に発見された旧石器時代の遺跡として有名です。B区は岩宿ドームとして公開されています。

昭和24年、旧石器時代の存在が証明!

岩宿遺跡
岩宿ドーム(史跡岩宿遺跡遺構保護観察施設)

相沢忠洋が関東ローム層で石器(細石器)に酷似した石片を発見するまで、考古学者(縄文時代以前の文明は日本には存在しないと考えていました)は、赤土(関東ローム層)が出るとそれを「地山」と呼び、それ以上に発掘することがなかったのです。

昭和24年7月、相沢忠洋はローム層から長さ7cm、幅3cmほどの槍先形尖頭器(黒曜石製の尖頭器)を発見(「山寺山にのぼる細い道の近くまできて、赤土の断面に目を向けたとき、私はそこに見なれないものが、なかば突きささるような状態で見えているのに気がついた」相沢忠洋著『岩宿の発見』)。
相沢は自転車で片道9時間も費やして東京の考古学者を訪ねますが、相手にされません。
相沢の会った明治大学院生・芹沢長介(後の東北大学名誉教授、日本の旧石器時代研究の第一人者)は当時明治の助教授だった杉原荘介にこれを見せ、ことの重大さに気が付きます。

ついに杉原荘介の主導で明治大学が岩宿遺跡の本格的な発掘調査を実施。
昭和24年9月20日、東京に帰った杉原荘介はこの発掘の結果を主要新聞に発表、10月の本格調査で日本における旧石器時代の存在が証明されることになったのです。

明治大学は切通しの北側をA区、南側をB区と区分けしましたが、A区からは上下2枚の地層からそれぞれ異なる組み合わせの石器類が出土。
発掘調査では今から3万年ほど前の、石斧や、鋭い刃を持つ石器などが発見されています。
現在、岩宿遺跡の石碑が立つのがA区です。

B区は岩宿ドーム(史跡岩宿遺跡遺構保護観察施設)となっており、岩宿遺跡の関東ローム層と、岩宿遺跡の時代をやさしく解説するビデオを観賞できます。

遺跡をとりまく稲荷山、琴平山(ことひらやま)という2つの丘全体が国の史跡に指定。
出土した石器(国の重要文化財)は、明治大学博物館(東京都千代田区神田駿河台)に収蔵展示されています。

また、岩宿遺跡に隣接して岩宿博物館も建ち、桐生市には相澤忠洋記念館もあるので寄り道を。

名称 岩宿遺跡/いわじゅくいせき
所在地 群馬県みどり市笠懸町阿左美1790-1
関連HP 岩宿博物館公式ホームページ
電車・バスで JR両毛線岩宿駅から徒歩23分
ドライブで 北関東自動車道太田藪塚ICから約7km
駐車場 岩宿ドーム駐車場/無料
問い合わせ 岩宿博物館 TEL:0277-76-1701
掲載の内容は取材時のものです。最新の情報をご確認の上、おでかけ下さい。
岩宿博物館

岩宿博物館

岩宿の赤土(関東ローム層)から石斧などが発見され、考古学会の常識を覆し、日本にも旧石器時代(岩宿時代)が存在したことを立証した岩宿遺跡(群馬県みどり市)。遺跡に隣接して建つ岩宿博物館では、日本に旧石器・先土器時代があることを証明した岩宿遺跡

 

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