宮内庁は、現在1都2府30県に460ヶ所の陵墓を管理、立入禁止にしていますが、近年の台風、集中豪雨などの被害で、8ヶ所の陵墓で倒木で穴が空いたり、地中から埴輪(はにわ)が露出する事態が発生しています。そのうちの1基は、卑弥呼(ひみこ)の墓と目される箸墓古墳(はしはかこふん/奈良県桜井市)です。
「卑弥呼の墓」箸墓古墳では葺石や土器が地表に露出

考古学者のなかで大勢を占めるのが邪馬台国畿内説ですが、卑弥呼の墓として有力なのが箸墓古墳。
『日本書紀』には、倭迹々日百襲姫命(やまとととひももそひめのみこと=孝霊天皇の娘)の墓で崇神天皇のころの築造と記されていますが、日本書紀が編纂されたのは養老4年(720年)、卑弥呼が生きた時代からすれば500年弱後のことなので、あくまでも推測だったことがわかります。
宮内庁は、この『日本書紀』の記述から、孝霊天皇の娘・倭迹々日百襲姫命の陵墓「大市墓」(おおいちのはか)と治定()し、陵墓内の立ち入りを禁じています。
平成23年、国立歴史民俗博物館調査チームは、自然科学分析から築造直後の年代を西暦240年〜260年頃と推定、卑弥呼の没年(248年)に一致するということに。
卑弥呼の墓なのかどうかは立ち入りが制限され、発掘調査ができないために、考古学的にはまだまだ謎。
もともと前方後円墳などの大王陵には方面は葺き石で覆われ、テラス部分に埴輪が並べられているのが一般的ですが、宮内庁では荘厳さを保つため森林のような状態を維持する方針でした。
ところが木々が茂りすぎることで、陵墓そのものが損壊する事態が続発しているのです。
専門家などから批判が高まったこともあり(陵墓管理委員会議が「今は陵墓管理の一番悪い状態」と指摘)、宮内庁も方針を変更させ、2026年度から陵墓に生い茂る樹木の伐採や剪定(せんてい)を行なうようにしたのです。
真っ先に対象となったのが、箸墓古墳。
墳丘長280mの前方後円墳ですが、2023年6月の大雨で樹木が倒れ、根元に埋まっていた葺石(ふきいし)や土器が地表に露出するという事態が生まれていたのです。
宮内庁によれば、2026年度は箸墓古墳のほか、奈良県天理市にある西殿塚古墳、行燈山(あんどんやま)古墳(崇神天皇陵)、渋谷向山(しぶたにむかいやま)古墳(景行天皇陵)の4基の保全に取り組むとのこと。
4基とも3~4世紀に築造された大型前方後円墳で、初期ヤマト王権の大王墓と目されています。
宮内庁が行なう日常的な保全管理業務では追いつかないほどの大雨や台風の猛威。
異常気象による被害は、古墳にまで及んでいるのです。
| 「卑弥呼の墓」が荒れている!? | |
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