大津岬灯台

大津岬灯台

昭和35年3月に初点灯、東日本大震災後の平成24年3月12日に建て替え、再点灯となった関東最北にある白亜の灯台が茨城県北茨城市の五浦岬公園(いずらみさきこうえん)近くに建つ大津岬灯台。塔高は16mですが、高台にあるため海面からの灯火の高さは55.7mで、20海里(約37km)に光が到達。灯台内部は公開していないので、外観のみ見学。

茨城県最北、つまりは関東地方最北の灯台

茨城県の灯台としては初めて太陽光発電の灯台です。
灯台内部は公開していないので、外観のみ見学可能。

周辺は五浦岬公園として整備され、太平洋の大海原を眺めながら散策を楽しむこともできます。
灯台の北は、勿来(なこそ=福島県いわき市)なので、この岬が関東最北となります。

大津岬灯台
名称大津岬灯台/おおつみさきとうだい
所在地茨城県北茨城市大津町五浦
電車・バスでJR常磐線大津港駅からタクシーで10分
ドライブで常磐自動車道北茨城IC、または、いわき勿来ICから約10km
駐車場五浦岬公園駐車場(19台/無料)
問い合わせ北茨城市商工観光課 TEL:0293-43-1111
掲載の内容は取材時のものです、最新の情報をご確認の上、おでかけ下さい。
五浦海岸

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