僧正ガ谷(不動堂・義経堂)

僧正ガ谷(不動堂・義経堂)

京都府京都市左京区の鞍馬山山中にある鞍馬寺。鞍馬寺・本殿金堂から奥の院魔王殿を目指して歩き、木の根道を歩き、大杉権現社を越え、奥深い鞍馬山山中に入り込んだ場所にあるのが僧正ガ谷で、不動堂、義経堂という2つの堂が建っています。一帯は僧正ガ谷と呼ばれる牛若丸伝説の残る霊地です。

義経が天狗大僧正から武芸を習った伝説の地

僧正ガ谷(不動堂・義経堂)

僧正ガ谷には、老杉生い茂るなか、源義経(幼名・牛若丸)を祀る義経堂と、不動明王を祀る不動堂があります。
幼少時、鞍馬の寺に預けられた牛若丸が、ここで天狗大僧正に秘儀妖術を習ったという義経・天狗伝説が残されています。
源義経は、平家追討で大活躍しますが、兄・源頼朝に追われ奥州で無念の死を遂げ、その魂は鞍馬山に戻り遮那王尊(しゃなおうそん)になって護法魔王尊に仕えているとされ、この義経堂に祀られています。

鞍馬山はかつて暗部山と呼ばれていました。
老杉が鬱蒼(うっそう)と生い茂る山中に入ればその雰囲気を実感するが本殿金堂から奥の院参道を僧正ガ谷を経て奥の院魔王殿まで足を伸ばせばその感をさらに強くすることでしょう。
昼なお暗く、牛若丸が天狗から兵法を習ったという伝説が誕生したのも大いに頷けます。

鞍馬山東光坊で暮らした源義経

義経公供養塔
東光坊跡に立つ「義経公供養塔」

遮那王は、源義経の稚児名のひとつ。
11歳の時に鞍馬寺の別当・東光坊阿闍梨(とうこうぼうあじゃり)の蓮忍(れんにん)に預けられ、 禅林坊阿闍梨覚日(かくじつ)​の弟子となり、遮那王を名乗りました。
九十九折参道途中の東光坊に暮らし、毎夜兵法の修行のため、僧正ガ谷へと通っていたと伝えられています。
16歳で、僧になることを辞し、藤原秀衡(ふじわらのひでひら)を頼って平泉に下り、治承4年(1180年)、富士川の戦いの黄瀬川の陣(静岡県駿東郡清水町/黄瀬川八幡神社に対面石があります)で兄・源頼朝と涙の対面を果たします。

東光坊跡には、昭和15年、「義経公供養塔」が建立されています。

僧正ガ谷(不動堂・義経堂)
名称 僧正ガ谷(不動堂・義経堂)/そうじょうがたに(ふどうどう・ぎけいどう)
所在地 京都府京都市左京区鞍馬本町
関連HP 鞍馬寺公式ホームページ
電車・バスで 鞍馬山ケーブル多宝塔駅から徒歩40分
ドライブで 名神高速道路京都南ICから約20kmで鞍馬ケーブル鞍馬山門駅
駐車場 仁王門周辺の有料駐車場を利用
問い合わせ 鞍馬寺 TEL:075-741-2003
掲載の内容は取材時のものです。最新の情報をご確認の上、おでかけ下さい。
大杉権現社・大杉苑瞑想道場

大杉権現社・大杉苑瞑想道場

京都府京都市左京区の霊山、鞍馬山(くらまやま)。鞍馬山奥の院参道を山中へ進む途中にあるのが大杉苑瞑想道場(おおすぎえんめいそうどうじょう)。鞍馬寺から奥の院魔王殿を目指し、地表に露出した木の根が不思議なアラベスク模様をした木の根道を歩き、そ

鞍馬寺

鞍馬寺

京都府京都市左京区の北東部、鞍馬山(標高584m)の山上に建つ鞍馬弘教総本山が鞍馬寺(くらまでら)。寺に伝わる『鞍馬蓋寺縁起』(あんばがいじえんぎ)によれば、宝亀元年(770年)に渡来僧・鑑真(がんじん)の弟子、鑑禎(がんてい)が草庵を結び

鞍馬寺・奥の院魔王殿

鞍馬寺・奥の院魔王殿

京都府京都市左京区の鞍馬山にある毘沙門天王、千手観世音菩薩、護法魔王尊(ごほうまおうそん)を祀る鞍馬寺(くらまでら)。鞍馬寺の中心的な霊域となるのが、奥の院魔王殿。鞍馬寺の解説では、魔王尊が650万年前に地球救済のために、金星から降り立った

由岐神社

由岐神社

京都府京都市左京区の鞍馬山にある、京の鬼門鎮護の鞍馬寺(くらまでら)。清少納言が「近うて遠きもの」の例にあげた九十九折参道途中にある由岐神社は、天慶3年(940年)、天慶の乱(てんぎょうのらん)が勃発した際、朱雀天皇の勅により、御所に祀られ

 

この記事が気に入ったら
いいね!しよう

最新情報をお届けします

Twitter でニッポン旅マガジンをフォローしよう!

ABOUTこの記事をかいた人。

日本全国を駆け巡るプレスマンユニオン編集部。I did it,and you can tooを合い言葉に、皆さんの代表として取材。ユーザー代表の気持ちと、記者目線での取材成果を、記事中にたっぷりと活かしています。取材先でプレスマンユニオン取材班を見かけたら、ぜひ声をかけてください!

関連記事

よく読まれている記事

こちらもどうぞ