甲冑堂

甲冑堂

宮城県白石市の坂上田村麻呂を祀る田村神社の境内にあるお堂が甲冑堂。堂内に源義経の家来、佐藤継信(さとう つぐのぶ)・忠信兄弟が着用したという甲冑が安置されていることが名の由来で、それを目的に、松尾芭蕉と曾良は、『奥の細道』途中の元禄2年5月3日(1689年6月19日)、このお堂に参詣しています。

『奥の細道』途中、芭蕉も参詣した堂

甲冑堂

明治初年の廃仏毀釈、神仏分離までは、神仏習合で真言宗遊王山高福寺という寺でした。
当時の堂宇は明治8年の放火により焼失し、現存する建物は昭和14年の再建です。

佐藤継信は、『平家物語』に平教経が源義経を狙って放った矢を身代わりとなって受けて戦死したと記されています。
芭蕉は、木曽義仲、源義経を敬愛していたので、義経の忠臣といわれる佐藤継信・忠信兄弟(ともに『源平盛衰記』では義経四天王)の着用した甲冑を、義経終焉の地・平泉に行く前に見ておきたかったのだと推測できます。
前日には、藤原秀衡(ふじわらのひでひら)に仕えていた佐藤家の菩提寺・医王寺(現・福島県福島市飯坂町/佐藤基治、その子継信・忠信の墓があります)にも立ち寄っています。

名称 甲冑堂/かっちゅうどう
所在地 宮城県白石市斎川坊ノ入54
関連HP 白石市公式ホームページ
電車・バスで JR白石駅からバスで20分
ドライブで 東北自動車道白石ICから約12km
駐車場 20台/無料
問い合わせ 白石市商工観光課 TEL:0224-22-1321/FAX:0224-22-1451
掲載の内容は取材時のものです。最新の情報をご確認の上、おでかけ下さい。

 

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