旧萩藩御船倉

旧萩藩御船倉

山口県萩市、浜崎地区(萩市浜崎重要伝統的建造物群保存地区)にある、萩藩主(長州藩主)の御座船や水軍の船を格納するために作られた船の格納庫の遺構が旧萩藩御船倉。明治以後に河岸埋め立てが行なわれるまでは松本川に接しており、外海へと船が自由に出入りできる場所だったのです。国の史跡。

萩藩主の御座船がここに収納されていた!

旧萩藩御船倉

慶長13年(1608年)の萩城築城後、速やかに築かれたとされるのが、萩藩御船倉。
慶安5年(1652年)の『萩城下町絵図』にも舟蔵として記され、 万治元年(1658年)、萩藩は、2代藩主・毛利綱広のお国入り(初入国)のため、江戸への帰路に乗船する御座船が必要となり、御座船「住吉丸」を造船しています(その後も宝暦2年「安定丸」まで数隻建造)。
この「住吉丸」は幕府が諸藩に許した最大規模(500石)の大きさなので、全長は30m、幅は6m以上あっただろうと推測されます。
奥行き27m、間口8.8m、周囲3方に玄武岩の石壁が築かれ、まるで要塞のように巨大な船倉は、上部が瓦葺きで、前面の扉は格子の木造。

享保年間(1716年~1735年)の『萩城下町絵図』には3棟、天保年間(1830年~1843年)に作成された『八江萩名所図画』には4棟の船倉が描かれていますが、そのうち最大で中央にあった大船倉のみが現存しています(他の船倉は明治時代に破却)。
藩政時代には、浜崎宰判(はまさきさいばん/宰判=萩藩の行政区画)として代官所にもなっていました。
江戸時代の御座船の船倉で、屋根を葺いた建物が当時のまま残されているのは、全国でもここだけ。藩政時代の遺構として貴重な存在です(内部は非公開)。

平成25年放送のNHK大河ドラマ『八重の桜』のロケにも使われ、築地軍艦操練所として登場しています。

旧萩藩御船倉
名称 旧萩藩御船倉/きゅうはぎはんおふなぐら
所在地 山口県萩市東浜崎町
関連HP 萩市観光協会公式ホームページ
電車・バスで JR萩駅から萩循環まぁーるバス西回りで25分、御船倉入口下車、徒歩3分
ドライブで 中国自動車道山口ICから約44km
駐車場 なし
問い合わせ 萩市観光課 TEL:0838-25-3139
掲載の内容は取材時のものです。最新の情報をご確認の上、おでかけ下さい。

 

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