瑞巌寺・本堂

瑞巌寺・本堂

『大漁唄い込み』に「松島のサーヨー 瑞巌寺ほどの 寺もないトエー」と唄われる宮城県松島町の瑞巌寺(ずいがんじ)。現存する本堂は、伊達政宗(だてまさむね)が寺を再興した際の方丈で、慶長14年(1609年)3月に上棟、東北では数少ない国宝になっています。南東を向いて立っていますが、南西には御成玄関が備えられています。

華やかな本堂襖絵は必見

禅宗方丈様式の須弥壇を配し、本尊の聖観世音菩薩立像、伊達政宗の位牌を安置する「仏間」、法要が営まれる「室中孔雀の間」、伊達家御一門が詰めたという「文王の間」、藩主御成の際の部屋である「上段の間」(床の間に武者隠しが備わっています)、さらに明治天皇の行在所にもなった「上上段の間」、「羅漢の間」、「墨絵の間」、「菊の間」、「松の間」、「鷹の間」があり、「室中孔雀の間」に『松孔雀図』(国の重要文化財)など各部屋には使用目的にふさわしいテーマに沿って描かれた襖絵障壁画が配され、まさに「瑞巌寺ほどの寺もない」という歌詞のとおり。

金地濃彩で描く大小161画の襖絵障壁画は、元和6年(1620年)から6年間かけて制作されたもの。
仙台藩お抱え絵師(「手前絵師」)である狩野左京(かのうさきょう・佐久間左京=伊達政宗が秀吉の臣下として伏見城居城時代に抱えた仙台藩最初の御用絵師)、長谷川等胤(はせがわとういん=長谷川等伯の高弟)らの作。
「室中孔雀の間」と「仏間」は狩野左京が、「上段の間」・「文王の間」は長谷川等胤が、「鷹の間」は狩野左京の門人・九郎太が、「墨絵の間」は吉備幸益が分担して描いたと伝わっています。
平成の大改修を終え、鮮やかに蘇っています(修理を終えた原本は宝物館に収蔵・保存、本堂には描かれた当時の姿を再現した模写が置かれています)。

禅宗方丈様式に武家邸宅の書院を加えた10室間取ですが、国宝に指定されるのは、桃山時代の特色を残している貴重な建築物だから。
国宝に指定される大崎八幡宮の社殿とともに、伊達文化の名殘りのひとつで、文化史的にも貴重な存在となっています。

取材協力/瑞巌寺

瑞巌寺・本堂
狩野左京『松孔雀図』(国の重要文化財)
名称 瑞巌寺・本堂/ずいがんじ・ほんどう
所在地 宮城県宮城郡松島町松島町内91
関連HP 瑞巌寺公式ホームページ
電車・バスで JR松島海岸駅から徒歩5分
ドライブで 三陸自動車道松島海岸ICから約3.4km
駐車場 松島公園第1・第3・第4・第5駐車場(399台/有料)
問い合わせ TEL:022-354-2023/FAX:022-354-5145
掲載の内容は取材時のものです。最新の情報をご確認の上、おでかけ下さい。
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