西都原古墳群

西都市街地の西方、南北にのびる標高60mの洪積層の台地上の東西2.6km、南北4.2kmに分布する319基の古墳が西都原古墳群(さいとばるこふんぐん)。前方後円墳31基、方墳2基、円墳286基からなっている日本最大級の広大な古墳群です。古墳群の中心部は特別史跡公園「風土記の丘」第1号として整備されています。

女狭穂塚は九州最大の前方後円墳、男狭穂塚は日本最大の帆立貝形古墳

西都原古墳群は、古墳の分布と築造年代などにより10~13の小群に分けられています。
また、古墳群には、墳丘をもつ古墳に加えて、南九州に特有の地下式横穴墓や全国に広く分布する横穴墓が混在するのも特長です。

西都原古墳群の各古墳が築造されたのは3世紀前半〜7世紀前半。
西都原古墳群には、畿内政権との関係の度合いを示す31基の前方後円墳群があります。

前方後円墳は、ヤマト(中央政府)の大王(おおきみ)の陵墓に用いられる築造方法で、この形を地方の盟主に許すことで、ヤマトとのつながりをもつ盟主権のシンボルとなっていたと推測できます。

西都原古墳群にある前方後円墳のうち29基が、わずか150年の間に築造されていることは大きな謎でした。
前方後円墳が盟主の墓であるとすれば、5年にひとつという築造のペースはありえないはずです。
最近の学説では、西都原は8つほどの異なる系列をもつ集団の共同墓地だったという考え方が有力です。

西都原古墳群のなかでも、とくに陵墓参考地として国の史跡に指定されている丸山丘陵の東側裾部に築かれた「男狭穂塚」(おさほづか)と「女狭穂塚」(めさほづか)の巨大古墳(九州最大の古墳)や、唯一横穴式石室を採用している206号墳・鬼の窟古墳(おにのいわやこふん)は圧倒的な存在感を有しているので、ここだけはお見逃しなく。

実際の埋葬者は定かでありませんが、帆立貝形古墳では日本最大の古墳である「男狭穂塚」(全長176m、後円部直径132m、後円部高さ18m)は宮内庁により瓊瓊杵尊の陵墓、九州最大の前方後円墳である「女狭穂塚」は(全長176m、後円部直径96m、後円部高さ15m)は、木花開耶姫(このはなさくやひめ)陵墓に治定されています。

13号墳は、唯一、古墳の内部まで見学できる古墳。
酒元ノ上横穴墓群の6基の横穴墓を保護するために建設されたドーム「西都原古墳群遺構保存覆屋」、姶良カルデラの爆発からの歴史を解き明かした「西都原考古博物館」、勾玉作りや土器作り、火起こし体験などが楽しめる「古代生活体験館」、古代食をアレンジした料理が味わえるレストランも入った総合案内センターである「西都原ガイダンスセンターこのはな館」もあるので寄り道を。

西都原古墳群は、生目古墳群などとともに日本遺産「南国宮崎の古墳景観 -古代人のモニュメント-」の構成資産になっているほか、南九州の古墳文化(南九州の古墳群)として地元・宮崎県では世界遺産登録を目指しています。

鬼の窟古墳 空撮 Photo Map

四季の花が楽しめる!

古墳群周辺には四季の花が植栽され、2月上旬〜2月中旬の梅(第3古墳群)、3月中旬に約8haの畑一面に菜の花(鬼の窟古墳そば)、4月中旬に約2000本の八重桜(第2古墳群)、5月〜6月のコマユミ(第2古墳群)、7月中旬〜8月初旬のクチナシ(100号墳周辺)、9月下旬〜10月初旬の萩(第2古墳群・第3古墳群)、10月中旬〜11月下旬のコスモス(鬼の窟古墳そば)、1月下旬〜2月中のクロガネモチ(全域)などが楽しめます。

西都原古墳群
名称西都原古墳群/さいとばるこふんぐん
所在地宮崎県西都市三宅西都原
関連HP西都市観光協会公式ホームページ
電車・バスでJR南宮崎駅から徒歩3分の宮交シティバスターミナルから西都行き宮崎交通バスで1時間3分、西都バスセンター下車、タクシーで5分
ドライブで東九州自動車道西都ICから約7km
駐車場700台/無料
問い合わせ西都市観光協会 TEL:0983-41-1557/FAX:0983-41-1559
掲載の内容は取材時のものです、最新の情報をご確認の上、おでかけ下さい。
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西都原ガイダンスセンターこのはな館

西都市の観光ボランティアガイド案内所として開設された施設。建物は、前方後円墳を縦に割ったというユニークなフォルムです。館内には西都原の四季折々を写真とともに紹介するコーナーや、パネルや映像による観光案内を用意。パソコンを使った観光案内の閲覧

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