吾平津神社

吾平津神社

宮崎県日南市の古来、貿易で栄えた油津にある古社が吾平津神社(あひらつじんじゃ)。社伝によれば和銅2年(709年)創建で、かつては乙姫大明神と称し、江戸時代、飫肥11社の一社として歴代飫肥藩主の尊崇を受けていました。社前の堀川運河に架かる石橋、堀川橋は吾平津神社への参道となっています。

祭神は神武天皇の最初の妃である吾平津昆売命

祭神は神武天皇(神日本磐余彦天皇=かむやまといわれびこのすめらみこと)の妃である吾平津昆売命(あひらつめのみこと)。
一説には、油津(油之津)という名は、吾平津昆売命に由来するとも。

神武天皇が狭野尊(さののみこと)と称していた時代、東征以前に日向で娶った妃で、東征時にはこの地にとどまったとされています。
この地で、狭野尊の道中安全を祈ったという故事から、交通安全、航海安全、商売繁昌、諸祈願成就にご利益があるとされています。

明治維新後に伊東裕帰知事の意で、乙姫大明神から吾平津神社へと改称。

吾平津神社
名称 吾平津神社/あひらつじんじゃ
所在地 宮崎県日南市材木町9-10
関連HP 吾平津神社公式ホームページ
電車・バスで JR油津駅から徒歩10分
ドライブで 宮崎自動車道田野ICから約35km
駐車場 吾平津神社参拝者用駐車場
問い合わせ 吾平津神社 TEL:0987-22-2863
掲載の内容は取材時のものです。最新の情報をご確認の上、おでかけ下さい。
堀川橋

堀川橋

貞享3年(1686年)、飫肥杉(おびすぎ)を広渡川から油津湊へと運ぶために、飫肥藩主・伊東祐実の命で開削されたのが全長900mの堀川運河。その運河の吾平津神社社前に架かる石橋が堀川橋です。明治36年8月に飫肥の石工・石井文吉の手で完成した石

堀川運河

堀川運河

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