長野県北安曇郡小谷村中小谷、平成4年に浦川にかかる浦川橋(稗田山崩落跡展望地)近く、標高630mの場所に建立された碑が、幸田文「歳月茫々碑」(こうだあやさいげつぼうぼうひ)。明治44年8月8日に突如、稗田山北側斜面が大崩壊。山麓に土石流が押し寄せるという大惨事を伝承する貴重な石碑です。
稗田山崩れを今に伝える文学碑
宝永4年(1707年)の宝永地震による大谷嶺(現・静岡市葵区)の大谷崩れ、安政5年(1858年)に飛越地震により発生した立山(現・富山県立山町)の鳶山崩れとともに、「日本三大崩れ」のひとつに数えられる大崩壊の「稗田山崩れ」(ひえだやまくずれ)ですが、これを題材の一部に幸田文(明治の文豪幸田露伴の次女)が記した『崩れ』は没後の平成2年に出版された名著。
『崩れ』は、随筆の名手といわれた幸田文が72歳のときに日本各地の土砂災害の地を巡った記録で、この稗田山崩れは、語り継がれるべき災害の歴史ということに。
碑の横には「稗田山・崩れて百年」の碑も立っています。
近くの浦川橋からは、稗田山崩れの全景が一望にできます。
幸田文「歳月茫々碑」 | |
名称 | 幸田文「歳月茫々碑」/こうだあや「さいげつぼうぼうひ」 |
所在地 | 長野県北安曇郡小谷村中小谷 |
ドライブで | 北陸自動車道糸魚川ICから約31km、長野自動車道安曇野ICから約69km |
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