豆酘崎砲台跡

豆酘崎砲台

日清戦争直前の明治20年代から、終戦までの間、日本海に浮かぶ対馬(長崎県対馬市)は、高台に砲台が築かれ、島全体が要塞化していました。島の南端部、豆酘崎(つつさき)に築かれた砲台の遺構が、豆酘崎砲台跡。昭和11年11月に起工、昭和14年1月竣工の砲台です。

ソ連の潜水艦を監視迎撃した砲台の跡

豆酘崎砲台

2連装15cmカノン砲(加農砲)が2砲座、各1基の計4門を備え、大崎山砲台などと連携し、敵艦船や、潜水艦などの監視、迎撃体制を整えていました。

朝鮮海峡と対馬海峡の境界にあたり、沖合は重要な海域。
岬沖の岩礁地帯、豆酘崎ミョー瀬には、豆酘埼灯台が明治42年9月1日に初点灯していますが、昭和62年に岬先端、砲台の観測所跡に移転しています。

豆酘崎には遊歩道が整備され、対馬を代表する景勝地のひとつにもなっています。

豆酘崎砲台
豆酘崎砲台跡
名称 豆酘崎砲台跡/つつさきほうだいあと
所在地 長崎県対馬市厳原町豆酘
電車・バスで 対馬空港からタクシーで1時間、厳原港からタクシーで40分
ドライブで 対馬空港から約33km、厳原港から約23km
駐車場 3台/無料
問い合わせ 対馬観光物産協会 TEL:0920-52-1655
掲載の内容は取材時のものです。最新の情報をご確認の上、おでかけ下さい。
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