大迫磨崖仏

大迫磨崖仏

大分県豊後大野市千歳大迫地区の国道57号沿いにある、高さ3.2mの磨崖仏が大迫磨崖仏(おおさこまがいぶつ)。鎌倉時代後期とも、室町時代(天文2年頃)の作ともいわれる巨大な大日如来像です。古くから「牛神」として地元でも信仰が篤く、近くの笹を牛に食べさせると牛の病気よけになるのだとか。大分県の有形文化財に指定。

「大迫半端ない石仏」として注目度UP!

高さ5m、幅6mの石窟に嵌め込まれた入母屋造りの覆屋に鎮座。
ベースとなる岩盤の知田火砕流堆積物は、非常に脆(もろ)いため、まず岩壁を荒く削って大まかに像を彫り出してから、その表面に塑土(粘土)を盛り、再度形を整えるという、石心塑像(石胎塑像)ともいわれる手法が用いられています。
衣装のしわなどは、漆喰(しっくい)を使っています。
現存する像、は塑造部分が江戸時代に修造されたもの。

拝観所も整備され、気軽に見学することができます。
近年では「大迫半端ない石仏」といわれて、注目度も急上昇中。
おおいた豊後大野ジオパークのジオサイトにもなっています。

大迫磨崖仏
名称大迫磨崖仏/おおさこまがいぶつ
所在地大分県豊後大野市千歳町長峰1526
関連HPぶんご大野里の旅公社公式ホームページ
ドライブで大分自動車道大分米良ICから約20.7km
駐車場10台/無料
問い合わせぶんご大野里の旅公社 TEL:0974-35-360
掲載の内容は取材時のものです、最新の情報をご確認の上、おでかけ下さい。
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