大分県東国東郡姫島村にある古社が、比売語曽社(ひめこそしゃ)。祭神は比売語曽神(ひめこそのかみ)。姫島の姫とは、この社に祀られる姫君のこと。古代からの大陸との交流を感じさせる社で、広島県呉市の亀山神社は、白鳳8年(679年)に姫島の神が遷座したと伝えられています。
姫島の島名の由来となった姫神を祀る古社
『日本書紀』によれば、姫島は、垂仁天皇の御代に意富加羅国(朝鮮半島南部にあった国、金官加羅)の王子・都怒我阿羅斯等(つぬがあらしと)が海を渡って追いかけてきた姫神(阿加流比売神)が、摂津を経てこの島で、比売語曽神となったと記されています。
大阪府大阪市東成区の比売許曽神社(ひめこそじんじゃ)が、その歴史を伝承(『延喜式神名帳』に「比売碁曽神社」と記載の式内社)。
ただし『古事記』には、阿加流比売神(あかるひめのかみ)は、新羅王の子である天之日矛(あめのひぼこ)の妻で、天之日矛が妻を罵ったため、祖国の難波津に逃げ帰ると記されています。
『摂津国風土記』にも同様の物語が記され、新羅から逃れた姫君が住んだ島が、「比売島」となったとされ、そこでは見つかると難波に逃げたことになっています。
小さな島の小さな社ながら、古代のロマンを秘めているのです。
神社周辺には姫島七不思議の「かねつけ石」、「拍子水」という姫君ゆかりのスポットも。
ちなみに姫島の産土神(うぶすながみ=土地の守護神)は大帯八幡社(おおたらしはちまんしゃ)で、江戸時代には杵築藩主・松平家累代の安産の祈願所となっていました。
毎年4月3日には春の大祭が斎行されています。
近くには比売語曽神が口をすすぐ水に使ったという「拍子水」(姫島七不思議のひとつ、炭酸水素塩冷鉱泉)もあり、それを使った拍子水温泉(姫島村健康管理センター)も建っています。
姫島はヤマト王権と大陸を結ぶ交易路の途中にあった!
瀬戸内海西端、周防灘と伊予灘の境界に位置する姫島には、畿内のヤマト王権と朝鮮半島を結ぶ、重要な交易路途中にあったと推測できます。
大分の亀塚古墳に眠る首長は、古代に豊後水道を支配し、航海術に長けた海部氏一族と推測でき、比売語曽神の伝説も、朝鮮半島から難波津(古代の大阪港)に至る渡来人の航路だったと考えられるのです。
つまり、朝鮮半島から、まず儺ノ津(なのつ=博多)に、そして国東半島の沖、周防灘にある姫島から瀬戸内海を東に進み、呉(亀山神社が鎮座)をへて難波津に至るルートが考えられるのです。
比売語曽社 | |
名称 | 比売語曽社/ひめこそしゃ |
所在地 | 大分県東国東郡姫島村両瀬 |
関連HP | 姫島村公式ホームページ |
ドライブで | 宇佐別府道路宇佐ICから約41kmで伊美港、フェリーで姫島へ、姫島港から約4km |
問い合わせ | 姫島村水産・観光商工課 TEL:0978-87-2279 |
掲載の内容は取材時のものです。最新の情報をご確認の上、おでかけ下さい。 |
最新情報をお届けします
Twitter でニッポン旅マガジンをフォローしよう!
Follow @tabi_mag