緒方宮迫西石仏

緒方宮迫西石仏

祖母傾山系の山々と緒方平野、水路が織りなす景色が心なごむ大分県豊後大野市緒方町。のどかな田園風景が広がる山里ですが、いにしえの石造文化も残る場所にもなっています。宮迫西石仏(国の史跡)は、中世・緒方庄を支配した緒方惟栄(おがたこれよし)の命で、平安時代後期から鎌倉時代初期にかけて彫られたと伝わる磨崖仏です。

岡城を築いたという緒方惟栄の命で彫られた磨崖仏

石段を登った先にある覆屋の岩窟内には、阿弥陀如来、釈迦如来、薬師如来の三尊が厚肉彫りにされ、光背の輪郭も刻まれており、黄赤や朱、黒などで彩色が施されています。
300mほどのところには、宮迫東磨崖仏もあり、こちらも国の史跡になっています。

緒方惟栄(おがたこれよし)

緒方惟栄は、平安時代末期から鎌倉時代初期に、豊後国大野郡緒方荘(現・大分県豊後大野市緒方地区)を領した武将。
『平家物語』にも登場し、歴史的には源義経に加担したことで、上野国沼田(現・群馬県沼田市)へ流罪となっています。
「荒城の月」のモチーフとなった岡城(大分県竹田市)は、文治元年(1185年)、緒方惟栄が源義経を迎えるために築城したとも伝えられています。

緒方宮迫西石仏
名称緒方宮迫西石仏/おがたみやさこにしせきぶつ
所在地大分県豊後大野市緒方町久土知38-3
関連HP豊後大野市公式ホームページ
電車・バスでJR緒方駅から徒歩35分
ドライブで大分自動車道大分米良ICから約43km
駐車場3台/無料
問い合わせ豊後大野市社会教育課文化財係 TEL:0974-42-4141
掲載の内容は取材時のものです、最新の情報をご確認の上、おでかけ下さい。
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