時の鐘

時の鐘

埼玉県川越市の中心部、蔵造りの街並みに建つのが時の鐘。江戸時代初頭から城下の町に時を告げてきた川越のシンボル的な存在の鐘撞堂です。川越藩主・酒井忠勝(さかいただかつ)が初代の堂を創建し、現存する時鐘楼は、明治26年に起きた川越大火直後、店も再建していない川越の商人達によって再建された4代目。

川越市街の中心で、今も時を告げる

時の鐘の建つ場所は、当時10の町の中心に位置したため、鐘の音がよく響き渡ったと伝えられています。

現存する鐘撞堂は、木造、3層の櫓で高さ16m。
棟梁・関根松五郎(現在の大正浪漫通りに住んだ棟梁、息子が関根平蔵)が建てたもので、鐘は地元川越の鋳物師・矢沢四郎右衛門の鋳造です。

川越商業銀行を創設した豪商・竹谷兼吉ら川越商人が寄付を募り、大火直後に建築しています。

平成27年〜平成29年に耐震化工事が行なわれ、再建された際の計画図と大正元年に撮影された写真を基に、建設当時の姿に復原されています。
6:00、12:00、15:00、18:00の1日4回、時を告げ、環境省の「残したい日本の音風景100選」にも選定。

時の鐘
名称 時の鐘/ときのかね
所在地 埼玉県川越市幸町15-7
関連HP 小江戸川越観光協会公式ホームページ
電車・バスで 西武新宿線本川越駅から徒歩10分
ドライブで 関越自動車道川越ICから約4km
駐車場 市内観光用駐車場(157台/無料)
問い合わせ 小江戸川越観光協会 TEL:049-227-8233
掲載の内容は取材時のものです。最新の情報をご確認の上、おでかけ下さい。
川越菓子屋横丁

川越菓子屋横丁

埼玉県川越市にある駄菓子屋が並ぶ横丁が川越菓子屋横丁。明治初期、気取らない菓子を製造したことが始まりといわれる菓子屋横丁。関東大震災で菓子屋が壊滅状態となった昭和初期には、東京に代わって製造を担い、60軒あまりの店が軒を連ねていました。現在

喜多院(川越大師)

830(天長7)年、慈覚大師・円仁(えんにん)により創建された古刹が喜多院(川越大師)。1296(永仁4)年、伏見天皇が尊海僧正に再興を命じ、慈恵大師(元三大師)を祀って関東天台の中心的な存在となりました。さらに1599(慶長4)年、27世

 

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