諏訪町本通り(越中八尾)
『おわら風の盆』で知られる越中八尾(富山県富山市八尾町)。『おわら風の盆』は、五穀豊穣と永世の繁栄を祈る祭りで、歴史は古く江戸時代前期(元禄時代頃)からと伝えられています。その町流しが行なわれるのが石畳の敷かれた諏訪町本…
『おわら風の盆』で知られる越中八尾(富山県富山市八尾町)。『おわら風の盆』は、五穀豊穣と永世の繁栄を祈る祭りで、歴史は古く江戸時代前期(元禄時代頃)からと伝えられています。その町流しが行なわれるのが石畳の敷かれた諏訪町本…
栃木県日光市、馬返と中禅寺湖を結ぶ国道120号がいろは坂で、完成時には合計48のカーブがあったためにいろは坂と名付けられたもの。開通時は対面通行の有料道路でしたが交通量が増え、第2いろは坂を増設。いろは坂の有名な展望台は…
その昔、長崎(現・長崎県長崎市)の人々は、東洋人以外の外国人をオランダさん(和蘭さん)と呼びました。長崎市の東山手一帯は幕末の開国に伴い、外国人居留地となった場所で、外国人の往来が多かった坂道をオランダ坂と通称。東山手の…
神奈川県横浜市の山手地区のメインストリートが山手本通りで、「日本の道100選」にも選定。もともと横浜居留地に住む人々は山手地区を「険しい崖」(形成された海岸段丘)の意味からThe Bluff(ブラフ)、あるいはYamat…
和歌山県那智勝浦町、聖地・那智山へと向かう古代からの表参道で熊野那智大社への参道で、熊野古道(熊野参詣道)・中辺路(なかへち)の一部。全長640m、267段の石段とうっそうとした杉並木が続く石畳の道は、熊野古道のなかでも…
大分県佐伯市にある「日本の道100選」に選定の「歴史と文学の道」沿いにある、国木田独歩の記念館が「城下町佐伯 国木田独歩館」。文豪・国木田独歩が、明治26年10月〜明治27年6月末までの約9ヶ月間、弟の収二とともに寄寓し…
かつて松江城下への物資搬入にも活躍した北田川。松江城の北を流れる北田川はそのまま松江城の内堀として活用されています。慶長16年(1611年)に松江城を築いた初代藩主・堀尾吉晴は、築城の際に宇賀山を堀削して内堀とそれに並行…
宇土半島の先端・三角(熊本県宇城市)と天草上島(上天草市)を結ぶ観光ルートが天草パールライン。昭和41年9月24日に開通した天草パールラインは、当初は有料道路でしたが、昭和50年8月10日に無料化されています。その途中に…
沖縄県那覇市、首里城下にある金城町(きんじょうちょう)は、琉球王朝時代には、士族たちが住む城下町だった場所。尚真王(しょうしんおう/在位1477年〜1527年)の時代に、首里王府が首里城から南部の国場川の真玉橋に至る主要…
日本三大潮流の一つ、渦潮(うずしお)で有名な鳴門海峡をまたぎ、徳島県鳴門市の大毛島孫崎と兵庫県淡路島の門崎を結ぶ全長1629mの長大な吊り橋が大鳴門橋(おおなるときょう)。9年の歳月と1000億円の工事費を費やして昭和6…
高湯温泉〜浄土平〜土湯峠を結び吾妻(あづま)山系を南北に縦断する全長28.7kmのドライブルートが、磐梯吾妻スカイライン(正式名は磐梯吾妻道路)。平均標高1350mという山岳ルートで、ヘアピンカーブが連続し、車窓の左右に…
伊良湖岬灯台から日出の石門(ひいのせきもん)まで、太平洋岸に続く約1kmの美しい砂浜で、「日本の渚百選」、「日本の白砂青松100選」にも選定。三島由紀夫の『潮騒』の舞台、神島を眺望し、雄大な太平洋の潮騒の音は「日本の音風…
富山県との県境に近い県南西端・糸魚川市市振(旧青海町)にあり、北アルプスが日本海に落ち込んでできた断崖が親不知・子不知(おやしらず・こしらず)。その北陸道最大の難所の旧国道を遊歩道として整備したのが親不知コミュニティロー…
馬の町として知られる新ひだか町にある道路で、道道111号とほぼ平行に目名から家畜改良センター新冠牧場(にいかっぷぼくじょう)まで延びています。新冠牧場の前身である御料牧場を視察する皇族の行啓道路として明治36年に造成され…
芦名氏の角館入城で町割りが行なわれ、火除(ひよけ)と呼ばれる広場を中心に、北側に武家屋敷が建ち並ぶ通称「内町」(うちまち)を、南側に町人や商人が住む「外町」(とまち)を配した角館。武家屋敷群の表通りは、国の重要伝統的建造…