明治憲法起草地記念碑
神奈川県横須賀市夏島町にあるのが明治憲法起草地記念碑。軍港だった横須賀の夏島には、伊藤博文が明治20年〜明治22年の間、別荘を構えていました。明治20年から、金沢洲崎の割烹旅館「東屋」と夏島別荘で、大日本帝国憲法(明治憲…
神奈川県横須賀市夏島町にあるのが明治憲法起草地記念碑。軍港だった横須賀の夏島には、伊藤博文が明治20年〜明治22年の間、別荘を構えていました。明治20年から、金沢洲崎の割烹旅館「東屋」と夏島別荘で、大日本帝国憲法(明治憲…
神奈川県横須賀市、横須賀港の三笠桟橋(三笠公園)と東京湾唯一の無人島、猿島とを結ぶ観光船が、トライアングルの運航する猿島航路。三笠桟橋と猿島桟橋を10分ほどのクルーズで結んでいます。トライアングルは軍港めぐりも行なってい…
東京湾に浮かぶ唯一の無人島が猿島(神奈川県横須賀市)。三笠桟橋からトライアングルの運航する観光船で10分の船旅で到達できますが、島内でもっとも注目の場所が愛のトンネル。猿島は、島全体が明治17年6月に竣工した猿島砲台の跡…
神奈川県横須賀市、横須賀新港沖合い1.7kmに位置する猿島に残るのが東京湾要塞・猿島砲台跡。明治時代、首都東京と海軍・横須賀軍港(横須賀鎮守府/明治17年設置)を守備するため、明治14年11月に起工、明治17年6月に竣工…
神奈川県横須賀市、横須賀新港の1.7km沖に浮かぶ、東京湾唯一の無人島が猿島。戦前は東京湾要塞の一部で島全体が要塞だったため、立ち入りが厳禁。そのため周囲1.6kmの小さな島には豊かな自然と数々の史跡が残されています。江…
神奈川県横須賀市、米海軍横須賀基地の正門近くの裏通りが、「アメカジ」(アメリカンカジュアル)を日本に伝えたどぶ板通り。正式名は横須賀市本町商店会ですが、どぶ板通り商店街と通称されています。明治17年、横須賀に海軍の横須賀…
神奈川県横須賀市にある県立観音崎公園は、明治時代に築かれた東京湾要塞の遺構が残されています。眺めのいい「海の見晴らし台」近くにあるのが観音崎砲台・北門第三砲台跡。尾根沿いに続く敷石の園路からレンガ造りの第三砲台隧道を抜け…
東京湾の入口に突き出した観音崎は、幕末に江戸湾防備の台場が、さらに明治以降は首都圏防衛の東京湾要塞の砲台が築かれた場所。明治2年に初点灯した観音埼灯台も江戸時代には台場が築かれた地。その観音埼灯台の南側にあるのが観音崎砲…
神奈川県横須賀市秋谷にある富士山を眺望する夕日の名所が秋谷・立石海岸。国道134号沿いに県営立石公園駐車場が整備され、ドライブの目的地としても訪れる人が多いのが特徴。秋谷海岸(立石海岸)には高さ12m、周囲30mほどの巨…
三浦半島の西海岸、荒波に浸食された海岸線が続き、全長4kmの散策路も整備された荒崎海岸(神奈川県横須賀市)。荒崎シーサイドハイキングコースは、関東ふれあいの道「荒崎・潮騒のみち」の一部(荒崎バス停〜どんどんびき〜佃嵐崎〜…
三浦半島の東端、浦賀水道に突き出した岬一帯が神奈川県立観音崎公園(横須賀市)。文化9年(1812年)には幕府の命で会津藩が観音崎台場を築き、明治13年には帝国陸軍の東京湾要塞の一部、観音崎砲台が置かれた場所。そのため豊か…
観音崎公園内にある観音崎という地名の発祥の地となる海蝕洞が観音崎洞窟。観音崎バス停からは海沿いの園路を徒歩5分。別名、権現洞といわれる海食洞で、内部への立ち入りは不可。天平13年(741年)、諸国行脚途中の行基がここに立…
神奈川県横須賀市深田台にある横須賀港や東京湾、対岸の房総半島を眺望する3.8haの公園が中央公園。実は帝国陸軍の米ヶ浜砲台跡を再生した公園で、戦前は秘密のベールに包まれた立入禁止の一帯でした。現在は、公園として整備され、…
JR横須賀線の横須賀駅前にある臨海公園がヴェルニー公園。対岸にフランス人技師・ヴェルニーが建設に貢献した横須賀製鉄所跡地を眺望することからヴェルニー公園と名付けられています。ヴェルニー公園は、陸上自衛隊の潜水艦、イージス…
神奈川県横須賀市にあるJR東日本・横須賀線(大船〜久里浜)の駅が横須賀駅。明治17年末の横須賀鎮守府開設を受けて、明治22年6月16日、横須賀軍港へ人員、物資輸送を行なう官設鉄道として敷設、開業した歴史ある駅で、戦前は横…
神奈川県横須賀市、1.5kmもの深い入江となった浦賀港を挟んで、東西の叶神社が向かいあうように建っていますが、東側(東浦賀町)にあるのが東叶神社(正式名は叶神社)。明治の神仏分離、廃仏毀釈までは耀真山永神寺という真言密教…
神奈川県横須賀市の西浦賀に鎮座する古社が西叶神社(にしかのうじんじゃ)。正式名は叶神社で、源頼朝の平家打倒の願いが叶ったことから叶神社と呼ばれるようになったと伝えられています。江戸時代、西浦賀は浦賀奉行所が置かれて以降、…
神奈川県横須賀市浦賀にある浦賀港は、江戸時代には廻船問屋が軒を連ねた港町。その浦賀港の東西を結ぶ公営渡船が浦賀渡船(うらがとせん)。浦賀の渡しとも、浦賀海道とも呼ばれる渡し船は、明治11年8月に東西浦賀の17町内会の共同…