日光山輪王寺・行者堂

日光山輪王寺・行者堂

日光二荒山神社とその別宮・滝尾神社を結ぶ峠越えの日光史跡探勝路途中、峠部分に建つのが日光山輪王寺・行者堂。明治4年の神仏分離令で、日光山輪王寺、日光二荒山神社、日光東照宮に分けられるまでは日光山は修験の地としても繁栄。山岳信仰の拠点となっていたのが女峰山登山口に位置する日光山輪王寺・行者堂です。

日光修験、峰修行の行者の拝所

日光山輪王寺・行者堂
祀られているのは役行者

現在の日光山輪王寺境内からはかなり離れていますが、神仏習合時代にはまさに神仏が混淆(=入り交じること)していたのです。
切妻造りの簡素なお堂ですが、創建は山岳信仰の盛んな平安時代。
日光修験、峰修行の行者の拝所として創建されたもの。
日光修験は、冬峰・華供峰(春峰)・補陀落夏峰の峰修行を三峯(さんぶ)といい、秋の峰修行は五禅頂(ごぜんじょう)と称し、全体で三峯五禅頂(さんぶごぜんじょう)となっていましたが、行者堂を経て女峰山に入山するのは秋の峰修行。
夏峰は日光連山全体を2ヶ月ほどかけて巡る修行で、あまりの大難行のために天正年間(1573年〜1593年)には中絶していました(現在も日光山興雲律院らの尽力で入峰修行が行なわれています)。
四本龍寺(勝道上人日光開山の地)に集合し、行者堂から入山。
まずは女峰山を登拝、さらに峰々を縦走し、男体山の頂きを極め、二荒山神社中宮、中善寺を経て四本龍寺に戻るというもの。

現存する建物は、戦国時代末期の天正3年(1575年)、桜本坊宗安の再興と伝えられ、平成2年に改築されたもの。

祀られるのは修験道の開祖・役小角(えんのおづぬ=役行者)と侍鬼2体(平成4年に彩色をして安置)。
役小角は、鬼神を使役できるほどの法力を有していたとされ、脇侍に鬼を従えているのです。

草鞋(わらじ)が奉納されるのは、足腰が丈夫になるようにという祈願から。
行者堂周囲の狛犬には「享和三亥年 下野国都賀郡友沼村住 俗称 杢原弥太良」の銘があり、江戸時代後期の享和3年(1803年)、現在の栃木県野木町友沼の杢原弥太良が奉納したことがわかります。

なお、行者堂の裏手に女峰山登山口(登山届記入箱設置)があり、ここから女峰山まで(黒岩尾根ルート経由)、標高差1758m、片道で6時間ほどもかかる健脚向けのコースとなっています。

名称 日光山輪王寺・行者堂/にっこうさんりんのうじ・ぎょうじゃどう
所在地 栃木県日光市山内2300
関連HP 日光山輪王寺公式ホームページ
電車・バスで 東武日光駅から東武バス世界遺産めぐりでホテル清晃苑前下車、徒歩20分
ドライブで 日光宇都宮道路日光ICから約4km
駐車場 10台/無料、輪王寺駐車場(100台/有料)
問い合わせ 日光山輪王寺 TEL:0288-54-0531
掲載の内容は取材時のものです。最新の情報をご確認の上、おでかけ下さい。
滝尾神社

滝尾神社

日光史跡探勝路(滝尾神社コース)の終点、白糸の滝脇に鎮座するのが滝尾神社(たきのおじんじゃ)。二荒山神社の別宮で、二荒山神社の主祭神、大己貴命(おおなむちのみこと)の妃神(きさきがみ)で女峰山の女神・田心姫命(たごりひめのみこと)が祀られて

日光史跡探勝路(滝尾神社コース)

日光史跡探勝路(滝尾神社コース)

神橋を起点に日光の歴史と自然が一緒に楽しめるよう設定されたモデルコースが日光史跡探勝路(滝尾神社コース)。神橋~滝尾神社のコースは東照宮の裏山を一周するもので、行程は約3km、ゆっくり歩いて3時間程度で踏破できます。今は静寂に包まれています

 

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