大里の玉石垣

大里の玉石垣

東京都八丈町、東海汽船の「橘丸」の接岸する八丈島の玄関、八重根港の近く、大里地区にある玉石を使った美しい石垣が、大里の玉石垣。遠島申し渡しで八丈島にやってきた流人たちが、横間ヶ浦から運んだ玉石で組んだ美しい「玉石垣」が、集落のそこここに残されており、風情たっぷり。

流人が運び上げ、六方積みで積まれた美しい玉石

大里の玉石垣
大里バス停(八丈島役所跡)の美しく積まれた石垣

慶長11年(1606年)、関ヶ原の合戦で敗れた西軍の将・宇喜多秀家(うきたひでいえ)が八丈島を流されたのを最初に、幕末までに1917人の流人を受け入れたのが八丈島です。
江戸時代の陣屋(明治以降は島役所)は大賀郷の高台、大里集落にあり、明治41年に支庁が向里地区に移転するまでこの地が政治の中心地として、島役人が暮らしていました。
食料を確保するため、流人が営々として海岸から運び上げた玉石の石垣は、流人の悲惨な暮らしを物語っています。

現在、八丈町営バスの大里バス停一帯に見事な石垣がありますが、ここが八丈島役所跡(大賀郷陣屋跡)。
美しく積み上げられた玉石は、六法積みと呼ばれる独特の技法、六方積み(ひとつの石の周囲を6つの石が取り囲む)で積まれたもの。

横間海岸(横間ヶ浦)から大里まで1kmほどの道を玉石を苦労して運び上げたのです(玉石ひとつで、おにぎり1個とも)。
大里集落には玉石の石垣が続いていますが、もっとも美しいのが六方積みで積まれた八丈島役所跡の玉石垣です(ただし撮影ポイントは八丈島役所跡の北側です)。

大里地区には馬路(うまじ)と呼ばれる旧道もあるので時間が許せば探勝を(八丈島歴史民俗資料館脇から大里地区のふるさと村を結んで散策できます)。

大里の玉石垣
名称 大里の玉石垣/おおさとのたまいしがき
所在地 東京都八丈島八丈町大賀郷1104
関連HP 八丈町公式ホームページ
電車・バスで 八重根港から徒歩25分
ドライブで 八丈島空港から約3km
問い合わせ 八丈島観光協会 TEL:04996-2-1377
掲載の内容は取材時のものです。最新の情報をご確認の上、おでかけ下さい。

 

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