丹生都比売神社

丹生都比売神社

平安時代から鎌倉時代にかけて、高野参詣の表参道だった和歌山県かつらぎ町、天野の里にある『延喜式神名帳』記載の古社が丹生都比売神社(にふつひめじんじゃ)。高野山の鎮守社で、本殿、楼門、境内は、世界遺産「紀伊山地の霊場と参詣道」の構成資産のひとつ。紀伊国一之宮。

世界遺産「紀伊山地の霊場と参詣道」の構成資産

丹生都比売神社

空海(弘法大師)は、神社の神々が遣わした神白、神黒の2匹の犬(実は、狩場明神という名の神)の導きで、丹生明神(にうみょうじん)に導かれ、丹生明神から高野山を譲り受け、高野山を開山したと伝えられています。
当時高野山は丹生都比売(にぶつひめ)神社の狩場だった場所。
金剛峯寺(こんごうぶじ)建立の際には当社の神領が寄進されたという伝承も残されています。

高野山でも狩場明神(高野明神とも)と丹生明神は、開創に関わる神として尊崇されています。
その高野山開創にかかわった丹生明神と狩場明神は、丹生都比売神社に祀られています。
境内背後の尾根上には高野山への表参道である高野山町石道(国の史跡、世界遺産)が通り、その中間にある二ツ鳥居は、丹生都比売神社境内の入口で(二ツ鳥居が丹生都比売神社の分岐点)、まず二ツ鳥居から八丁坂を歩み、丹生都比売神社に参拝した後に高野山に登ることが習わしになっていました。

神仏習合時代の遺構が残される境内は国の史跡に指定され、境内に建つ春日造りの本殿四殿は文明元年(1469年)の築、楼門は明応8年(1499年)の造営でともに国の重要文化財。

社宝の銀銅蛭巻太刀拵(ぎんどうひるまきたちこしらえ)は国宝に指定され、そのほか重要文化財の美術品を多数収蔵しています。

ちなみに丹生の「丹」は、鉱石から採取される朱を意味し、その鉱石(朱砂=朱色の硫化水銀)の産する場所に祀られるのが朱砂を支配する一族の女神、丹生都比売大神というわけで、全国108社を数える丹生都比売大神を祀る神社の総本社にもなっています。
空海を導いたと伝わる狩場明神(高野明神とも)はこの御子神。

丹生都比売神社
名称丹生都比売神社/にふつひめじんじゃ
所在地和歌山県伊都郡かつらぎ町上天野230
関連HP丹生都比売神社公式ホームページ
電車・バスでJR妙寺駅からタクシーで25分
ドライブで京阪奈自動車道かつらぎ西ICから約12km
駐車場50台/無料
問い合わせ丹生都比売神社 TEL:0736-26-0102/FAX:0736-26-0107
掲載の内容は取材時のものです、最新の情報をご確認の上、おでかけ下さい。
高野山町石道

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二ツ鳥居

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丹生官省符神社

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天野の里

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