高嶺城

高嶺城

山口県山口市上宇野令、標高338mの鴻ノ峰に築かれた中世の山城が、高嶺城(こうのみねじょう)。西の京として繁栄した大内氏ですが、戦国時代にはその権勢にも陰りを見せ、大内義長(おおうちよしなが)が山麓の居館に対し詰めの城として築いたもの。国の史跡に指定されるほか、続日本100名城にも選定。

戦国時代、大内氏と毛利氏の攻防の地となった山城

下剋上の戦国期を迎え、大内氏の重臣・陶晴賢(すえはるかた)が、天文20年(1551年)、主君で16代当主・大内義隆(おおうち よしたか)を謀反により自害させ、事実上の大内家が途絶しています。
その後、陶晴賢は、九州の雄・大友宗麟の弟・大友晴英(おおともはるひで)を擁立し、大内義長と名乗らせ、傀儡(かいらい)的に大内家を継承させています。

17代当主となった大内義長は、毛利元就の軍勢を迎え撃つため、弘治3年(1557年)、高嶺城を築城して迎え撃ち(毛利軍到来時にはまだ未完成でした)、寡兵を使って抗戦しますが、城を放棄して長門・且山城(かつやまじょう/下関市)へ敗走。
大内義長は長門に逃れ自刃したことで、傀儡的な17代当主でしたが、大内家の栄華はここで終了したのです。

築城登城で毛利軍の攻撃を受けた高嶺城は、「三本の矢」の逸話で有名な毛利元就(もうりもとなり)に築城が引き継がれて完成。
市川経好(いちかわつねよし=吉川経世の嫡男)が入り、毛利輝元による山口支配の拠点となりました。

永禄12年(1569年)、豊後国の戦国大名・大友義鎮(おおともよししげ)に匿われていた大内輝弘(おおうちてるひろ=14代当主・大内政弘の次男)は、大友氏の支援を受け、豊後国から周防国への侵入し、山口を制圧、高嶺城を包囲します。
城主・市川経好は毛利軍の一員として九州に布陣していたため、不在。
代わりの妻など留守役が奮戦、毛利軍の九州からの反転が間に合って、ついに大内輝弘は自害しています。

関ヶ原合戦後に、萩城が毛利家・萩藩(後の長州藩)の藩庁となったため、元和元年(1615年)の元和一国一城令で、高嶺城も廃城になっています。

大内氏館跡(大内氏が政務を執った居館の跡=現在の龍福寺境内)、築山跡(大内教弘の築いた別邸、築山館の跡=現在の八坂神社、築山神社)、凌雲寺跡(大内義興が了庵桂悟を開山としてした寺の跡)とともに「大内氏遺跡 附:凌雲寺跡」として国の史跡に。
鴻ノ峰の山頂一帯に本丸などの遺構が残り、南麓・木戸神社、東麓・山口大神宮から登山道が伸びています。
山上のテレビ・ラジオの放送中継局まで車道も通じていますが離合できない狭い道なので、おすすめできません。

高嶺城
名称 高嶺城/こうのみねじょう
所在地 山口県山口市上宇野令高嶺
関連HP 山口市公式ホームページ
電車・バスで JR山口駅からJRバス・防長交通バス県庁前方面行きで8分、県庁前下車、徒歩8分で鴻ノ峰登山口の山口大神宮、さらに徒歩45分。またはJR山口駅からタクシーで20分
ドライブで 中国自動車道湯田温泉スマートICから約9km、山口ICから約12km
駐車場 5台/無料
問い合わせ 山口市教育委員会文化財保護課 TEL:083−920−4111
掲載の内容は取材時のものです。最新の情報をご確認の上、おでかけ下さい。
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