高杉晋作終焉の地

高杉晋作終焉の地

長州藩の尊王攘夷の志士として活躍し、奇兵隊を創設し、長州藩を倒幕に傾けた明治維新の立役者のひとり、高杉晋作。慶応3年4月14日(1867年5月17日)、肺結核を療養中の下関市桜山で没。下関市の妙蓮寺前に「高杉晋作終焉の地」碑が立っています。享年29(満27歳没)。

満27歳の若さでこの世を去った勤皇の志士終焉の地

臨終には父・母・妻と息子がかけつけ、野村望東尼(のむらもとに)、山県狂介(山縣有朋)が立ち会ったとされています。

高杉晋作が「おもしろき 事もなき世に おもしろく」と詠むと、望東尼が続けて「住みなすものは 心なりけり」と詠んでいます。
この「おもしろき 事もなき世に おもしろく」が辞世の句といわれていますが、実は死の前年にすでに詠まれた句です。

ちなみに墓碑に記された東行(とうぎょう)は高杉晋作の号。

慶応3年(1867年)4月16日夜、高杉晋作は、吉田村清水山(現在の東行庵)に土葬され、「東行墓」と刻まれた墓が建てらています(神式の葬儀が営まれています)。

高杉晋作終焉の地 DATA

名称 高杉晋作終焉の地/たかすぎしんさくしゅうえんのち
所在地 山口県下関市新地町3-22
関連HP 下関市公式ホームページ
電車・バスで JR下関駅から徒歩10分
ドライブで 中国自動車道・関門自動車道下関ICから約5km
駐車場 なし
問い合わせ 下関市観光政策課 TEL:083-231-1350
掲載の内容は取材時のものです、最新の情報をご確認の上、おでかけ下さい。

高杉晋作旧宅(高杉晋作誕生地)

2018.04.02
 

 

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