日本ハワイ移民資料館

日本ハワイ移民資料館

明治時代にハワイへの移民(政府が斡旋した官約移民合計2万9084人)がもっとも多かったのが広島県(1万1122人)、次いで山口県(1万424人)で、山口県のうちでも大島郡(現・周防大島町)から多くの人々が移民となってハワイに移住しています。その周防大島町にあるのが日本ハワイ移民資料館です。

大島郡からハワイ王国に大量の移民が

明治時代に、ハワイのサトウキビ畑の労働力不足を背景に、日本政府とハワイ王国(カラカウア王朝)との間の日布移民条約(明治18年)が結ばれ、3年契約でサトウキビ畑などの労働者として送り出されたのがハワイへの官約移民です。

この制度のもと明治18年から明治27年まで26回にわたり、2万9084人がハワイへと渡っているのです。
支払われた賃金は、男子が食費を含め1ヶ月15ドル、女子10ドルで、当時の賃金水準からみれば、かなり高額で、日本へと仕送りする労働者も多かったのです。

山口県大島郡は、江戸時代以降の人口増加で、島の限られた土地では生活ができないため、出稼ぎが多くなっていました。
山口県は、大島郡からの募集に力を入れ、明治28年の第1回の官約移民(募集定員600名)では大島郡出身者が全体の3分の1を占めるほどになったのです(現在、その子孫は5世・6世に及んでいます)。

日本ハワイ移民資料館の館内には、写真や道具を展示する「移民たちの労働と生活コーナー」、ハワイ日本人移民の父として親しまれたハワイ国王カラカウア王を紹介する「官約移民歴史コーナー」、移民たちの当時の様子、現在の交流の様子などを視聴する「シアタールーム」などがあります。

名称 日本ハワイ移民資料館/にほんはわいいみんしりょうかん
所在地 山口県大島郡周防大島町西屋代2144
関連HP 周防大島町公式ホームページ
電車・バスで JR大畠駅からタクシーで15分
ドライブで 山陽自動車道玖珂ICから約26km
駐車場 23台/無料
問い合わせ 日本ハワイ移民資料館 TEL:0820-74-4082
掲載の内容は取材時のものです。最新の情報をご確認の上、おでかけ下さい。
サタフラ(周防大島サタデーフラ)

サタフラ(周防大島サタデーフラ)|周防大島町|2019

2019年7月13日〜8月31日の毎週土曜、山口県周防大島町(すおうおおしまちょう)で『サタフラ(周防大島サタデーフラ)』。明治時代に3913人にも及ぶハワイ移民を輩出し、ハワイとの絆の強い周防大島。カウアイ郡(アメリカ合衆国)と姉妹関係の

 

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