根津記念館

根津記念館

山梨県山梨市にある甲州財閥のひとりで鉄道王・根津嘉一郎(ねづかいちろう)の実家の大邸宅を整備、公開したのが、根津記念館。6700平方メートルの敷地には、昭和8年築の主屋、木造3階建ての土蔵などが点在。当時の図面をもとに、迎賓館的機能をもった青山荘や茶室も復原されています。

鉄道王・根津嘉一郎の邸宅を記念館として公開

根津記念館

帳場や奥座敷は昔ながらの造りですが、半地下のある台所、作りつけのタンス、ボイラー設備など、当時ではまだ珍しかったり、先端技術であったりするものを各所に取り入れています。
設計にあたっては、すでに東京へ拠点を移していた根津嘉一郎自らが指示。
かなり些細な部分にまで言及した手紙も残されています。

昭和8年築の旧主屋、長屋門「平等」(ひらしな)、旧主屋と接する3階建ての土蔵は国の登録有形文化財。
「青山荘」と茶室「燕子花」(かきつばた)は、迎賓館の機能を有した建物で、往時の図面をもとに復原された建物です。
主屋の2階からは、日本庭園と山梨の夜景、遠く富士山を望み、絶景そのもので、東武鉄道の社長時代に使用した机なども展示。

また旧第八倉庫の外観、内装を復元した展示棟「八蔵」には、いわゆる「根津ピアノ」(山梨県下の小学校へ200台にものぼるピアノを寄贈)など、根津嘉一郎の生涯を伝える展示が行なわれています。

根津記念館

鉄道王と呼ばれた、初代・根津嘉一郎

初代・根津嘉一郎
初代・根津嘉一郎

根津嘉一郎は、万延元年6月15日(1860年8月1日)、甲斐国山梨郡正徳寺村(現・山梨県山梨市)の豪商「油屋」に生誕。
明治22年に村会議員になった後、東京に出て若尾逸平や雨宮敬次郎と知り合い、根津財閥(甲州財閥)を形成、中央線の敷設運動を展開。
明治38年、東武鉄道の社長に就任し(資本関係を有した鉄道会社は24社にも及びます)、大正11年には、旧制武蔵高等学校(現在の武蔵大学、武蔵高等学校・中学校)を創立しています。

根津記念館
名称 根津記念館/ねづきねんかん
所在地 山梨県山梨市正徳寺296
関連HP 根津記念館公式ホームページ
電車・バスで JR山梨市駅から徒歩25分
ドライブで 中央自動車道一宮御坂ICから約8km、勝沼ICから約10km
駐車場 25台/無料
問い合わせ 根津記念館 TEL:0553-21-8250/FAX:0553-21-8251
掲載の内容は取材時のものです。最新の情報をご確認の上、おでかけ下さい。

 

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