甲府城・内松陰門

甲府城・内松陰門

山梨県甲府市、藩政時代の甲府城の本丸、天守曲輪、二之丸、鍛冶曲輪、数寄屋曲輪、稲荷曲輪などの跡が現在の舞鶴城公園。二之丸とその北側にあった屋形曲輪をつなぐ門が、内松陰門(うちまつかげもん)です。明治6年頃に破却されていますが、絵図や発掘調査の成果をもとに、平成11年に復元しています。

二之丸と屋形曲輪をつなぐ門を平成11年に復元

甲府城・内松陰門

往時には屋形曲輪門を介して清水曲輪とつながっていますが、一帯は市街地化され、屋形曲輪があった場所には甲府駅などがあります。
甲府駅南口駅前広場を起点に舞鶴城公園(甲府城)を目指し、内松陰門から城内に入る場合は、屋形曲輪から二之丸へと入ることになるのです。

舞鶴城公園MAP
舞鶴城公園MAP
甲府城・内松陰門
名称 甲府城・内松陰門/こうふじょう・うちまつかげもん
所在地 山梨県甲府市丸の内1-5-4
関連HP 甲府市公式ホームページ
電車・バスで JR中央本線甲府駅から徒歩5分
ドライブで 中央自動車道甲府昭和ICから約5km
駐車場 なし/周辺の有料駐車場を利用
問い合わせ 甲府市観光課 TEL:055-237-5702
掲載の内容は取材時のものです。最新の情報をご確認の上、おでかけ下さい。

甲府城

甲斐国の府中という意味で武田信虎が居館を躑躅ヶ崎館(現在の武田神社)に移した際に甲府と名付けられましたが、現在の甲府駅近くにある甲府城は、豊臣時代に築城以降の近世の城跡。江戸時代には徳川家の西への守りとして機能しました。本丸一帯は舞鶴城公園

甲府城・天守台

将軍家に最も近い親藩の城である甲府城で一番の高台である本丸に位置するのが天守台。天守台は台形状で、1590年代に築城された当時のままの野面積(のづらづ)みの石垣が現存しています。西側に配された階段で石垣の上に上がることも可能。実際に、ここに

甲府城・稲荷櫓

甲府城(舞鶴城)の北辺、稲荷曲輪(いなりくるわ)の復元櫓。稲荷曲輪御櫓(いなりくるわおんやぐら)が正式な名称で、城内の鬼門の北東に位置することから御艮櫓(おんうしとらやぐら)とも呼ばれ、藩政時代には武具蔵として使われました。発掘調査で判明し

甲府城・鉄門

甲府城・鉄門

山梨県甲府市、舞鶴城公園として復元整備が進む甲府駅近くにある甲府城。甲府城本丸の南側に建築された2階建ての櫓門が鉄門で、往時の建物は、明治初年に破却されていますが、復元され、平成25年1月から公開されています。開館時間内ならば2階櫓の内部も

甲府市歴史公園・甲府城山手御門

甲府城は中央本線の開通で分断されていますが、甲府駅北口部分が歴史公園として発掘保存され、山手御門が復元されています。山手御門とは、土橋を渡って最初にくぐる山手門(やまのてもん)と虎口先の山手渡櫓門(やまのてわたりやぐらもん)の総称で、甲府城

 

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