松山が生んだ近代俳句の祖、正岡子規。子規堂は子規が17歳で上京するまで住んでいた湊町4丁目の旧宅を子規の菩提寺・正宗寺(しょうじゅうじ/愛媛県松山市末広町)境内に間取りを模して復元したもの。堂内には子規の子供時代の勉強部屋を再現したコーナーがあり、愛用した勉強机が置かれています。
子規が2歳から17歳まで暮らした家を復元
正岡子規が勉強や作品の執筆をしていた部屋は、3畳間。
子規の机の上には、書物や硯、筆などが当時の面影をそのまま残した形で復元されています。
子規堂前の広場では、現存する最古の軽便機関車の客車「坊っちゃん列車」を展示(機関車は伊予鉄道本社ビル前に展示)。
子規堂南側には、大正15年2月20日に80歳で没した俳人・内藤鳴雪(ないとうめいせつ)のあごひげが納めらた鳴雪先生髯塔、正岡子規の三周忌に建立された子規居士髪塔もあります。
正岡子規は慶応3年9月17日(1867年10月14日)、伊予国温泉郡藤原新町(現・愛媛県松山市花園町)に生誕。
花園町の路上には「正岡子規誕生邸址」の碑が立っています。
ちなみに正岡子規は、明治35年9月19日、肺結核で東京で没しているため、墓は大龍寺(だいりゅうじ/東京都北区田端4-18-4)にあり、正宗寺にあるのは明治35年10月28日、『遺髪埋葬儀式』で埋められた髪塔です。
子規堂 | |
名称 | 子規堂/しきどう |
所在地 | 愛媛県松山市末広町16-3正宗禅寺内 |
関連HP | 子規堂公式ホームページ |
電車・バスで | 伊予鉄道松山市駅から徒歩5分 |
ドライブで | 松山自動車道松山ICから約5.8km |
駐車場 | 20台/無料 |
問い合わせ | 子規堂 TEL:089-945-0400 |
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