丹羽家住宅

丹羽家住宅

愛知県名古屋市熱田区神戸町にある江戸時代末期築の建物が、丹羽家住宅(にわけじゅうたく)。七里の渡し(宮の渡し)の船着場に面して建っていた旅籠屋「伊勢久」の遺構で、名古屋市有形文化財に指定。昭和初期まで旅館「伊勢久」を営み、破風付の玄関は、格式のある往時の面影を残しています。

七里の渡しに面した旅籠の建物が現存

丹羽家住宅
『尾張名所図会・七里渡船着 寝覚里』に描かれる旅籠屋「伊勢久」(○印)

東海道唯一の海上路だった宮の渡し(熱田~桑名)で、桑名までの海路が7里あったことから、七里の渡しとも呼ばれています。
その熱田・宮宿(みやのしゅく)側の渡船場は宮の渡し公園として整備されていますが、公園の目の前に立つのが丹羽家住宅(伊勢屋久左衛門を略して「伊勢久」)。
一帯が宿場町だった時代に脇本陣格(西国各大名の藩名入りの提灯箱も保有)の旅籠屋「伊勢久」だった建物です。

天保12年(1841年)、森高雅が描いた『尾張名所図会・七里渡船着 寝覚里』にも旅籠屋「伊勢久」と思われる旅籠が描かれています。
残念ながら民家のため内部の見学は不可。

東海道・宮宿は美濃路と佐屋路への分岐点でもあり、往時は旅籠248を数えた東海道屈指の大宿でしたが、現存する旅籠建築は「伊勢久」のみとなっています。
東隣は船会所(ふなかいしょ=渡し船を管理する役所)の跡で、まさにこの一帯が往時の賑わいの中心地ということに。
屋根に上がっていた卯建(うだつ)は、戦災で破壊され、袖卯建が残るのみ。

『尾張名所図会・七里渡船着 寝覚里』の右端に描かれるのは、尾張藩が諸国の大名をもてなした海上の迎賓館「東浜御殿」ですが、今は失われて遺構もありません。

丹羽家住宅
名称 丹羽家住宅/にわけじゅうたく
所在地 愛知県名古屋市熱田区神戸町
電車・バスで 名古屋市営地下鉄熱田神宮伝馬町駅から徒歩10分
ドライブで 名古屋高速大高線呼続出口から約1.8km
駐車場 宮の渡し公園駐車場(20台/無料)
掲載の内容は取材時のものです。最新の情報をご確認の上、おでかけ下さい。

宮の渡し公園

江戸と京を結んだ東海道は宮宿(愛知県名古屋市熱田区)から桑名宿(三重県桑名市)まで伊勢湾を船で渡りました(海路を嫌った人のための佐屋街道もありました)。その距離から「七里の渡し」と呼ばれた航路で、その渡船場跡が「宮の渡し公園」として整備され

 

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