払田柵跡

払田柵跡

秋田県大仙市払田・仙北郡美郷町本堂城廻にある日本の古代城柵遺跡が払田柵跡(ほったのさくあと)で、国の史跡。平安時代初期の9世紀初頭に軍事と行政の役割を担って、北東北の日本海側に築かれた城柵。昭和6年3月30日に秋田県初の国の史跡に指定された遺跡がこの払田柵跡です。

平安時代初期に築かれた城柵官衙の遺跡

払田柵跡・南門
復元された南門

明治35年、秋田県仙北郡千屋村(現在は美郷町)の水田から200本余の柵木が発見され、昭和5年から発掘調査を開始。
平成元年に奈良国立文化財研究所が年輪年代法による年代測定を実施し、柵木が延暦20年(801年)に伐採されたものであることが判明したのです。

さらに払田柵跡からは「嘉祥二年正月十日」(嘉祥2年=849年)と記された木簡が発掘され、平安時代初期に築かれた城柵官衙遺跡(じょうさくかんがいせき)であることが明らかになったのです。

延暦20年(801年)に坂上田村麿は蝦夷征討で東北に出兵し、翌年には造陸奥国胆沢城使(胆沢城築城の責任者)として陸奥国に派遣されています。

周囲を約3.6kmの材木塀で囲み、復元された外柵南門は高さ9.7mと広大なスケールを誇る払田柵跡。
朝廷の東北平定への前進基地だったことは明らかですが、大規模な城柵(遺跡の総面積は87.8ha)の割に、古文書などには記述がなく、歴史上の名称が未だ解明されていないなど、多くの謎を秘めた遺跡となっています。

9世紀前半に築かれ、10世紀後半まで維持されたと推測される払田柵跡。
周囲に巡らされた柵木は30cm角に加工した秋田杉。
外柵は2つの丘陵を取り囲むように東西1370m、南北780mの長楕円形状に、立て並べています。
さらに、城柵には東西南北の四方に八脚門を配置し、南門(外柵南門)が表門だったとあ推測できます。
南門からは幅員10mほどの南大路が伸びていました。

長森丘陵上に政庁が築かれ、西側丘陵域は武器などの加工場となっていました。

払田柵跡総合案内所が設置され、ビジターセンターとして機能しています。
払田柵跡のジオラマ展示、発掘調査の記録や資料、実際に発掘された柵木の展示や払田柵跡の歴史が分かるアニメ上映が行なわれています(冬期休館)。

払田柵跡・払田柵跡総合案内所
払田柵跡総合案内所

律令国家の北限を守備

払田柵(秋田県大仙市)のほか、秋田城(あきたのき/秋田県秋田市)、志波城(しわじょう/岩手県盛岡市)、徳丹城(とくたんじょう/岩手県矢巾町)、胆沢城(いさわじょう/岩手県奥州市)は、律令国家勢力の最前線・北限を守備する城柵官衙群で、互いに密接な関係にあったと推測できます。

蝦夷(えみし)が暮らしていた東北各地に同じように造られた律令国家の地方官庁の遺跡は「城柵官衙遺跡」と呼ばれて、すべて国の史跡となっています。

名称 払田柵跡/ほったのさくあと
所在地 秋田県大仙市払田仲谷地95
関連HP 大仙市観光物産協会公式ホームページ
電車・バスで JR大曲駅からタクシーで15分。
ドライブで 秋田自動車道大曲ICから約13km
駐車場 25台/無料
問い合わせ 払田柵総合案内所 TEL:0187-69-2397
掲載の内容は取材時のものです。最新の情報をご確認の上、おでかけ下さい。
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プレスマンユニオン編集部

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