三国サンセットビーチ
福井県坂井市、三国港の北西部に広がる汀線500m、幅50mの海水浴場が三国サンセットビーチで、その名の通り、日没の美しさで知られています。ビーチの南端には公営の温泉施設である「三国温泉ゆあぽーと」も建ち、海水浴の帰りにひ…
福井県坂井市、三国港の北西部に広がる汀線500m、幅50mの海水浴場が三国サンセットビーチで、その名の通り、日没の美しさで知られています。ビーチの南端には公営の温泉施設である「三国温泉ゆあぽーと」も建ち、海水浴の帰りにひ…
福井県坂井市三国町、北本町4丁目から三國神社へと続く北前船の寄港で栄えた旧市街の通りの愛称が三國湊きたまえ通り。NPO法人三国湊魅力づくりプロジェクトなどの公募で平成19年に愛称が付けられたもの。豪商の面影を今に伝える旧…
福井県最北部に位置する北潟湖(きたがたこ/福井県あわら市・石川県加賀市)は加越台地の侵食によって誕生した谷に水がたまったもの。塩屋漁港で日本海にともつながり、ゲンゴロウブナなど60種ほどの魚類が生息。マガン、ヒドリガモ、…
福井県坂井市三国町、越前三国の瀧谷寺の森から流れる辰巳川に架かる小さな橋が思案橋。小さな橋ながら丸岡藩(滝谷出村)と福井藩(三国湊)の藩境で、往時には三国湊の花街(出村遊里)の入口にあたることからに「行こうか、帰ろうか」…
福井県あわら市、「北陸一の芸達者」と称される芦原芸妓(あわらげいぎ)。あわら温泉(芦原温泉)にある伝統芸能館は、芦原芸妓による着付けで(衣装も小物も芦原芸妓が使用する本物)、舞妓・芸妓に変身でき、さらには芦原芸妓とお座敷…
福井県坂井市丸岡町にある豪雪地帯特有の住宅が千古の家(坪川家住宅)。江戸時代初期に建てられた福井県内最古の民家で、地方豪族の生活様式を窺い知ることができる貴重な場所。国の重要文化財に指定される建物は、正面は入母屋造り、背…
福井県坂井市三国町、えちぜん鉄道三国芦原線・三国駅の背後に控える高台にあり、北前船で繁栄した三国港のシンボル的存在。建物は三国港の改修工事を起案したオランダ人技師、ジョージ・アーノルド・エッセルが、明治12年に設計した龍…
越前(福井県)は、厳しい冬の寒さに耐えた良質の真竹や孟宗竹を産する地。坂井市丸岡町にある竹人形や竹工芸品を多数展示、販売する施設が越前竹人形の里。昭和27年頃、竹製花額を作っていた師田保隆・三四郎(もろたやすたか・さんし…
福井県あわら市と石川県加賀市の境、加越国境に位置する海跡湖が北潟湖(きたがたこ)。北潟湖を一周する福井県道803号北潟湖畔自転車道線の愛称が北潟湖ハミングロード。全長13.6km(供用部は3.7km)の自転車・歩行者専用…
福井県あわら市の北潟湖(きたがたこ)の湖畔にある大規模な菖蒲園が北潟湖畔花菖蒲園。0.7haの園内に江戸・肥後・伊勢や外国系など、300種20万本の花菖蒲が6月に見頃を迎え、例年6月の第2土曜〜第3日曜の9日間、『あわら…
平成11年、福井県敦賀市で、敦賀港開港100周年記念事業として開催された『つるが・きらめき・みなと博21』のシンボル館として建設された旧敦賀港駅舎。シベリア鉄道経由でヨーロッパ諸国と繋がる「欧亜国際連絡列車」の発着駅とし…
福井県勝山市、5年の歳月をかけ平成4年に竣工した5層6階の天守の中にある博物館が勝山城博物館。天守の高さは57.8mと全国一の高さを誇っています。勝山市の名誉市民、多田清氏が私財を投じて城を建設、自ら収集した古美術品など…
文明3年(1471年)、本願寺第8代法主で真宗中興の祖といわれる蓮如(れんにょ)上人が57歳の時に北陸布教の拠点に選んだ金津町吉崎山(現・福井県あわら市吉崎)に造られた坊舎跡が吉崎御坊跡。本願寺の隆盛を妬(ねた)む比叡山…
福井県坂井市、えちぜん鉄道三国芦原線の終着駅三国港駅近くにある跨線橋が眼鏡橋(めがねばし)。レンガ造りの単アーチ橋はいわゆる「ねじりまんぽ」(アーチ端部が鋸歯状)スタイル。大正2年築で国の登録有形文化財になっています。大…
別名「甘棠園」(かんとうえん)とも呼ばれる福井県敦賀市にある江戸時代前期の庭園で国の名勝に指定されるのが柴田氏庭園。江戸時代前期、敦賀の豪農(庄屋)だった柴田権右衛門が絵師・狩野探幽に地割りを任せ、探幽の死後14年が経た…
福井県大野市にそびえる荒島岳(標高1523.4m)は、1500m峰ながら福井県内では唯一、深田久弥の『日本百名山』に選定の山で「大野富士」とも呼ばれる名峰。『延喜式』には「阿羅志摩我多気(あらしまがたけ)」と表記され、大…
福井県坂井市、北前船で賑わった三国港(三国湊)に鎮座する神社が三國神社。大山咋命(おおやまくいのみこと=神仏習合時代には山王権現)と継体天皇を祀った神社で、地元では「お山王さん」と呼ばれ親しまれています。楼門は北前船の全…
福井県坂井市、北前船で賑わった三国港(三国湊)で材木商を営んだ、新保屋・岸名惣助(きしなそうすけ)が代々住んでいた町家が旧岸名家。旧岸名家がある下新町は、かつては廻船問屋が軒を並べ、隣接する元新町とともに三国湊の商業の中…