高取城
美濃・岩村城(岐阜県恵那市岩村町)、備中松山城(岡山県高梁市)とともに「日本三大山城」に数えられる名城が奈良県高市郡高取町にある高取城。南北朝時代、元弘2年・正慶元年(1332年)、南朝方の越智邦澄(おちくにずみ)によっ…
美濃・岩村城(岐阜県恵那市岩村町)、備中松山城(岡山県高梁市)とともに「日本三大山城」に数えられる名城が奈良県高市郡高取町にある高取城。南北朝時代、元弘2年・正慶元年(1332年)、南朝方の越智邦澄(おちくにずみ)によっ…
世界遺産「紀伊山地の霊場と参詣道」のうち、吉野山から大峯山を経て熊野本宮大社に至る80kmの「大峯奥駈道」(おおみねおくがけみち)の中心的存在が大峯山寺(おおみねさんじ)。山上ヶ岳(1719.2m)の山頂近くに建っていま…
奈良県橿原市にある奈良県最大の前方後円墳が丸山古墳(五条野丸山古墳/畝傍陵墓参考地)。墳丘長318mという全国第6位の規模の大王墓となっています。築造は6世紀後半と推定され、欽明天皇とその妃の堅塩媛(そがのきたしひめ)の…
奈良県天理市にある柳本古墳群のひとつで、柳本古墳群では最大の古墳が渋谷向山古墳(しぶたにむかいやまこふん)。実際の被葬者は定かでありませんが、宮内庁は「山邊道上陵」(やまのべのみちのえのみささぎ)として第12代・景行天皇…
奈良県天理市の柳本古墳群にある前方後円墳が行燈山古墳(崇神天皇陵)。墳丘長は242mという全国16位という巨大な古墳で、実際の被葬者は定かでありませんが、宮内庁は「山邊道勾岡上陵」(やまのべのみちのまがりのおかのえのみさ…
奈良県桜井市にある古墳時代前期の大規模集落である纒向遺跡(まきむくいせき)の南端にある古墳が箸墓古墳(はしはかこふん)。墳丘長280m、3世紀後半に築造されたと推測される日本最古の大型前方後円墳です。卑弥呼(ひみこ)の墓…
飛鳥(あすか=明日香村)の中心に位置する標高147.7mの小高い丘が甘樫丘(あまかしのおか)。東麓は、大化の改新以前に蘇我蝦夷(そがのえみし)・蘇我入鹿(そがのいるか)の屋敷があったと推定される場所。一帯は歴史公園(国営…
奈良県高市郡明日香村にある飛鳥寺(あすかでら)は、日本最古の寺。朝鮮半島にあった古代の国家、百済(くだら)から工人(技術者)が呼ばれ、崇峻元年(588年)に建築を開始し、推古4年(596年)に完成したと伝えられる本格的な…
宇陀市にある室生山の山麓から中腹にかけてが境内となった山岳寺院が室生寺(むろうじ)。同じ真言宗で女人禁制だった高野山金剛峯寺に対し、室生寺は女人の参詣を許可したため、「女人高野」と呼ばれています。国鉄の『ディスカバージャ…
「女人高野」として有名な奈良県宇陀市の室生寺(むろうじ)。安置される美しい仏像でも知られますが、弥勒菩薩立像(重文)を安置するのが金堂前庭に建つ弥勒堂(みろくどう)です。入母屋造り(いりもやづくり)、杮葺き(こけらぶき)…
真言宗室生寺派大本山で高野山・金剛峯寺とは異なり、古から女性の参詣が許され「女人高野」と呼ばれた室生寺、その本堂が灌頂堂(かんじょうどう)です。その真言密教の最も大切な法儀、灌頂を行なう堂が灌頂堂で、真言寺院の中心である…
「女人高野」として知られる室生寺(むろうじ)ですが、カメラマンなどに被写体として人気が高いのが五重塔。本堂横の高い石段を上った先に建つ五重塔は、平安時代初期の延暦19年(800年)頃の築で、国宝。法隆寺五重塔に次ぐ古塔で…
室生山の山麓から中腹が境内という「女人高野」、真言宗室生寺派大本山・室生寺(むろうじ)。寄棟造り(よせむねづくり)、杮葺き(こけらぶき)の金堂は平安時代の建築で国宝。斜面を利用した懸造(かけづくり)で、正堂部分は平安時代…
『日本書紀』の神武天皇(じんむてんのう)が畝傍山(うねびやま)の東南・橿原(かしはら)の地に宮を建てられ即位の礼を行なったという記述をもとに、畝傍山の東南麓の聖地に明治23年4月2日に創建した神社が橿原神宮。神武天皇は、…
奈良県宇陀市にある真言宗室生寺派の寺、佛隆寺(仏隆寺)。 空海(弘法大師)が唐から持ち帰った最古の茶を栽培したと伝える古刹ですが、境内に咲く佛隆寺の千年桜は、奈良県の天然記念物に指定されています。ヤマザクラとエドヒガンの…
天武天皇元年(672年)の壬申の乱(じんしんのらん)で、天智天皇の後継・大友皇子を破った大海人皇子(おおあまのおうじ)が近江大津宮から飛鳥に遷して築いたのが飛鳥浄御原宮(あすかのきよみはらのみや)。天武天皇2年(673年…
奈良市今市町にある帯解寺(おびとけでら)は、天安2年(858年)創建の古刹で、創建当初は霊松山と呼ばれていました。文徳天皇の皇后、藤原明子(ふじわらのあきらけいこ)が本尊の子安地蔵菩薩(国の重要文化財)に祈願し、惟仁親王…
文禄3年2月27日(1594年4月17日)、豊臣秀吉は、徳川家康、宇喜多秀家、前田利家、伊達政宗らの諸大名をはじめ、豊臣秀頼と正室ねね(北政所)、淀殿ほか側室、茶人、連歌師たちを伴い、総勢5000人の供を従えて吉野山に入…