石ノ森章太郎生家
宮城県登米市にあるのが石ノ森章太郎生家。『仮面ライダー』、『サイボーグ009』、『佐武と市捕物控』などを描いた漫画家・石ノ森章太郎は登米郡石森町(現・登米市中田町石森)の出身。高校時代(県立佐沼高等学校)まで過ごした生家…
宮城県登米市にあるのが石ノ森章太郎生家。『仮面ライダー』、『サイボーグ009』、『佐武と市捕物控』などを描いた漫画家・石ノ森章太郎は登米郡石森町(現・登米市中田町石森)の出身。高校時代(県立佐沼高等学校)まで過ごした生家…
宮城県仙台市青葉区、青下水源地・青下第1ダムに隣接して建つのが仙台市水道記念館。水道の仕組みと歴史、水と森林、環境の関わりなどを解説するミュージアムです。昭和8年完成の青下第1ダムは、美しい石張り重力式コンクリートダムで…
宮城県仙台市太白区、地下鉄富沢車両基地内にある仙台市電の車両を保存し、その歴史を紹介するミュージアムが仙台市電保存館。かつて仙台市内を走った市電3両と、台車、制御器(コントローラー)、パンタグラフ、停留所名板、乗車券など…
宮城県多賀城市、末の松山浄水場近くにあるのが歌枕になっている景勝地、興井(沖の石)。「おきのい」は、興井、沖の石、沖の井とも表記し、末の松山の南に位置し、住宅に取り囲まれた直径20mほどの池の中に奇岩が露出しています。芭…
宮城県多賀城市にある歌枕になっている景勝地が、末の松山(すえのまつやま)。歌枕とは、和歌に詠み込まれ、有名になった歌名所のこと。日本最古の勅撰和歌集である『古今和歌集』に「きみをおきて あだし心を わが持たば 末の松山 …
宮城県多賀城市、国の特別史跡となる多賀城跡の南東、多賀城廃寺跡近くに建つ宮城県立の歴史博物館が東北歴史博物館。本館の総合展示室では旧石器時代から近現代までの東北地方全体の歴史を、時代別に9コーナーに分けて解説。特別展示室…
宮城県多賀城市、多賀城市文化センターの北側にあるの、勾玉(まがたま)づくりや火起こしなどの体験学習が常時可能なのが埋蔵文化財調査センター体験館「多賀城史遊館」。多賀城市内の遺跡から出土した資料や農作業の道具も展示されてい…
宮城県多賀城市、国の特別史跡・多賀城跡の一角、2haのあやめ園が多賀城跡あやめ園。800種300万本のアヤメ、カキツバタ、ハナショウブが植栽され、開花期の6月中旬〜6月下旬頃には『多賀城跡あやめまつり』が開催されています…
宮城県多賀城市にある奈良時代に立てられた石碑が多賀城碑。多賀城跡の外郭南門から30mほど城内に入ったところに立つ古代の石碑で、那須国造碑(なすのくにのみやつこのひ)、多胡碑と並ぶ「日本三古碑」のひとつ。天平宝字6年(76…
岩手県遠野市を走る国道283号、旧宮守村の中心に位置する道の駅が、道の駅みやもり。宮沢賢治の『銀河鉄道の夜』のモチーフになっためがね橋(宮守川橋梁)、総合運動公園「銀河の森」にも近く、宮守川橋梁探勝の拠点にもなっています…
岩手県盛岡市、盛岡駅の南、雫石川を渡った盛岡市中央公園に建つミュージアムが盛岡市先人記念館。明治以降に活躍した盛岡ゆかりの先人130人を紹介していますが、メインは新渡戸稲造(にとべいなぞう)、米内光政(よないみつまさ)、…
岩手県盛岡市、昭和55年に盛岡県制百年を記念して開館した地質・考古・歴史・民俗・生物などに関するミュージアムが、岩手県立博物館。盛岡市街の北、四十四田ダム(しじゅうしだダム)のダム湖、南部片富士湖畔と、郊外に建っています…
岩手県盛岡市、盛岡駅の南、雫石川を渡った盛岡市中央公園に建つ美術館が、岩手県立美術館。洋画家・萬鐵五郎(よろずてつごろう)、洋画家・松本竣介(まつもとしゅんすけ)、彫刻家・舟越保武(ふなこしやすたけ)といった岩手県にゆか…
岩手県遠野市、盛岡藩南部氏1万2000石の城下町だった遠野を紹介するミュージアムが遠野城下町資料館。柳田國男の『遠野物語』のイメージから山里の印象がある遠野ですが、寛永4年(1627年)、南部利直の命により、八戸から八戸…
岩手県遠野市にある昭和55年に開館した日本初の民俗学専門の博物館が遠野市立博物館。平成22年に『遠野物語』発刊100周年、開館30周年でリニューアルが行なわれています。柳田國男の『遠野物語』を軸に、遠野の人々の自然や暮ら…
岩手県下閉伊郡田野畑村にある高さ130mの海食崖の断崖絶壁が連なる海岸が鵜ノ巣断崖。北山崎と並びリアス式で知られる三陸復興国立公園の代表的な海岸景観になっています。断崖上部からの高度感は北山崎を上回り、岩肌を緑の木々が覆…
岩手県釜石市、鎌崎半島に立つ白亜の観音像が釜石大観音。昭和45年4月8日に釜石市内の曹洞宗の寺、明峰山石応禅寺によって鎌崎半島に建立された高さ48.5mの像。手に魚藍を持つ魚籃観音(ぎょらんかんのん)は、魚を売る美女に化…
岩手県盛岡市紺屋町(こんやちょう)にある歴史ある消防番屋が紺屋町番屋。紺屋町番屋は、明治24年に建てられた盛岡消防よ組(江戸時代に火消しの「田組」として発祥)の番屋を大正2年に消防組第四部事務所として改築したもの。カフェ…