片山津温泉・浮御堂
石川県加賀市片山津温泉、片山津温泉の湖畔にある湯の元公園と浮桟橋で結ばれたのが柴山潟の湖上に建っている浮御堂(うきみどう)。村人を困らせていたおろちが娘の姿をした弁財天の琵琶の力で龍神になったという片山津の伝説「龍神と娘…
石川県加賀市片山津温泉、片山津温泉の湖畔にある湯の元公園と浮桟橋で結ばれたのが柴山潟の湖上に建っている浮御堂(うきみどう)。村人を困らせていたおろちが娘の姿をした弁財天の琵琶の力で龍神になったという片山津の伝説「龍神と娘…
石川県小松市にある木場潟の湖畔を整備した県営公園(水郷公園)が木場潟公園(きばがたこうえん)。今江潟、木場潟、柴山潟の加賀三湖のひとつが木場潟。今江潟は干拓で姿を消し、湖畔には片山津温泉がある柴山潟も湖の北側、全体の6割…
石川県能美市、標高268mの山中にある神秘の淵が蟹淵(がんぶち)。周囲は300mで、標高が低いのにかかわらず、通常1000m以上でしか観察できないルリイトトンボ、木々の上で卵を産むモリアオガエルが生息し、能美市の天然記念…
石川県小松市西俣町を流れる西俣川上流に架かる落差7m、幅15m、二段の滝が鱒留の滝。落差はさほどではありませんが、二条の滝筋と緑の苔が美しく、被写体としてもカメラマンやSNSで人気のスポットになっています。ここから上には…
石川県能美市長滝町にある瀑布群が七ツ滝。1kmほどの沢筋にある落差12mの二の滝など7つの滝の総称が七ツ滝で、能美市の名勝。「七の滝」は少し離れた瀧浪神社(たきなみじんじゃ)前にある人工滝で、最上段の「一の滝」まで、残り…
石川県加賀市山中温泉、動橋川(いぶりばしがわ)の支流に懸かる5段になって落ちる滝が鶴ヶ滝。山中温泉から車で20分ほど走った駐車場から400mほど歩けば滝を眺めることができます。落差は5段合計で30mほど。最上段の滝が二筋…
石川県白山市桑島、明治7年に植物化石が採取され、日本の古生物学研究の出発点になった桑島化石壁(くわじまかせきかべ)の近くにある博物館が白山恐竜パーク白峰。恐竜パークと名が付くのは、昭和61年に肉食恐竜(愛称:カガリュウ=…
石川県白山市桑島にある手取川沿いにある岩壁が桑島化石壁(くわじまかせきかべ)。一見するとなんの変哲もない河岸段丘の壁ですが、「手取川流域の珪化木産地」として国の天然記念物、「桑島化石壁産出化石」として石川県の天然記念物に…
石川県小松市にある平安時代編纂の『延喜式神名帳』にも記載される古社が多太神社。倶利伽羅峠・篠原の合戦後、木曽義仲が斎藤実盛(さいとうさねもり)の供養と戦勝を祈願して実盛着用の兜を奉納したと伝えられ、木曽義仲好きの松尾芭蕉…
越前加賀海岸国定公園の北端、石川県加賀市橋立町にある日本海に突き出た岬が加佐ノ岬(かさのみさき)。岬の先端からは日本海の大パノラマが広がり、昭和27年初点灯の白亜の加佐岬灯台が建っています。日本海に沈む夕日を眺める日没ス…
石川県小松市にある美しい渓谷が荒俣峡。蛇行した大杉谷川の流れが生み出した渓谷美で、昭和24年12月28日に石川新聞が読者投票で選定した 「加能八景」(荒俣峡、白山比咩神社、橋立海岸、見附島海岸、卯辰山公園、能登…
石川県白山市を流れる手取川の河原にある高さ16mもの巨大な砂岩が百万貫の岩。昭和9年7月11日の手取川大洪水の際に、3kmほど上流の宮谷川より流出し、白峰と市ノ瀬集落の間まで運ばれたと推測される巨岩で、石川県の天然記念物…
石川県白山市を流れる手取川の渓谷にある落差32mの滝が手取峡谷・綿ヶ滝。白い綿をちぎって落としたように流れ落ちるというのがその名の由来です。駐車場から遊歩道を150mほど歩くと綿ヶ滝展望台があり、滝壺のすぐ側まで降り立つ…
石川県加賀市山代温泉にある北大路魯山人(きたおおじろさんじん/当時は福田大観)ゆかりの寓居(ぐうきょ=仮の住まい)の跡が魯山人寓居跡 いろは草庵。大正4年、金沢に住む細野燕台の紹介で山代温泉を訪れた北大路魯山人は、旅館吉…
石川県加賀市山中温泉、平成14年11月、山中温泉の総湯・菊の湯(女湯)に併設するかたちで誕生した演劇ホールが山中座。建物は山中漆器の技術と職人の力を総結集したもので、漆の塗りと拭き取りを数回繰り返し、木目の美しさを生かす…
福島県南会津郡南会津町にある中世の城跡が鴫山城(しぎやまじょう)。関東方面から会津への入口、南山口(みなみやまぐち)を固める山城(南山城とも)。築城は南北朝時代まで溯り、長沼氏(祖は現在の栃木県真岡市長沼の宗光寺を館とし…
福島県会津若松市、会津若松城下の一等地、本一之丁と大町通りの交差点にあるのが直江兼続屋敷跡(山鹿素行誕生地)。NHK大河ドラマ『天地人』の主人公、直江兼続は、慶長3年(1598年)に越後から会津120万石の領主として転封…
福島県会津若松市、鶴ヶ城公園内にあるのが茶室麟閣。豊臣秀吉の逆鱗に触れ千利休が死罪になると、その養子・千少庵(せんのしょうあん)は蒲生氏郷(がもううじさと/利休七哲の筆頭)の許、会津若松で蟄居しています。その時に建てた茶…