オンコロマナイ遺跡
宗谷岬に近い稚内市宗谷村清浜、恩頃間内橋近くにある3~4世紀頃の集落遺跡がオンコロマナイ遺跡(オンコロマナイ2遺跡)。司馬遼太郎の『街道をゆく』シリーズ、「オホーツク街道」にも考古学者の泉靖一が発見したオホーツク遺跡とし…
宗谷岬に近い稚内市宗谷村清浜、恩頃間内橋近くにある3~4世紀頃の集落遺跡がオンコロマナイ遺跡(オンコロマナイ2遺跡)。司馬遼太郎の『街道をゆく』シリーズ、「オホーツク街道」にも考古学者の泉靖一が発見したオホーツク遺跡とし…
稚内公園の樺太(サハリン)を眺める景勝の地に立つ慰霊碑。終戦直後の昭和20年8月20日、ソ連軍は樺太真岡郡真岡町に侵攻。真岡郵便電信局で、本州との電話連絡のため残留していた電話交換手(女性)12人のうちの、高石班長ら9人…
稚内公園の樺太(サハリン)を眺める景勝の地に立つオブジェ。昭和38年に樺太島民慰霊碑として札幌出身の本郷新(ほんごうしん)彫刻の高さ2.4mの女性像(ブロンズ)が建立され、両側に高さ8mの望郷の門が守っている構図です。昭…
オホーツク海に面する小清水町。小清水原生花園の探勝基地である原生花園駅横のレストハウスに併設のインフォメーションセンターが小清水原生花園インフォメーションセンター「Hana」。無料のレンタサイクルも用意されています。
羅臼町の中標津寄りに位置する峯浜地区。海岸線から少し入った高台に建つ旧植別小学校を再生した資料館。「羅臼は、衰退したオホーツク文化が、擦文文化との『融合』という形で痕跡をとどめる貴重な場所」と解説するのは学芸員。「北海道…
アスファルト舗装の表面を加工し、そこを走ると走行音が、メロディーとして聞こえるという超ユニークな道路。まさに路面が楽器になっているわけで、標津町内の川北市街近くの酪農地帯を走る町道(川北北7線道路)がそれ。一見すると何の…
道の駅うとろ・シリエトクに隣接する施設で、知床世界遺産の見どころやリアルタイムの自然情報を紹介する施設なので、知床を奥深く堪能するためにもぜひともお立ち寄りを。知床国立公園のビジターセンターは羅臼にありますが、ウトロ側の…
羅臼市街から道道87号(知床公園羅臼線)終点の相泊に向かって車を走らせると、ルサ川の河口に建つのがルサフィールドハウス。実はこのルサ川から半島先端部は海域も世界遺産となっているのです。そんな世界遺産海域の玄関口に建ち、世…
平成元年4月に廃止されたJR標津線(しべつせん)西春別駅(にししゅんべつえき)の跡地に建てられた鉄道記念館を中心とした公園。JR標津線は釧網本線の標茶駅で分かれ、22.5kmの地点が西春別駅でした。昭和14年から昭和24…
苫小牧市にある科学館。館内にはプラネタリウム(座席数84席、1日2〜3回投影)、科学展示室、ミール展示館があります。ミール展示館に展示される宇宙ステーションミール(実物予備機)は、市制施行50周年を迎えた平成10年に岩倉…
安平町早来源武にある種牡馬を繋養するための牧場。同グループ経営のノーザンホースパークから車で15分ほどの場所にある。ディープインパクト、キングカメハメハなどが放飼されている(展示見学は時間が限られている)。日本競馬に血統…
安平町の早来市街にある郵便局。明治29年開局という歴史ある郵便局です。昭和61年、当時の郵便局長が、都会の人にも純白の雪だるまをみせてあげようと「発砲スチロール詰め雪ダルマ」の発送を考案。その後、平成9年に郵便局名にも雪…
明治35年、日本で最初に保健保安林(空気の浄化や騒音の緩和に役立ち、生活環境を守る森)の指定を受けた貴重な森。一帯にまだ原始林が残る時代、明治25年の鉄道開通、明治33年の東洋一のコークス場(北海道炭礦鉄道追分骸炭製造所…
苫小牧市の「スポーツ都市宣言」30周年となる平成8年に、市街の中心地である王子製紙社宅跡地に誕生した多目的屋内競技場。スケート王国の苫小牧だけに冬季は滑走場(スケートリンク)の一般利用も可能で、シーズン外は軽スポーツに対…
苫小牧市街地北部の高台にある87.2haの広大な緑ヶ丘公園。頂上広場に建つ市制50周年を記念して平成10年に完成した展望台。エレベーターで上る展望室は地上21.1m、海抜56m(苫小牧市役所の展望回廊より5.5m高い)に…
道の駅サーモンパーク千歳の中心施設で、淡水では日本最大級の水槽を有する水族館。淡水魚水族館を中心に、川やサケに関する資料を展示。千歳川の断面を観察できる「水中観察ゾーン」があり、8月下旬~11月頃なら、サケの遡上が見られ…
キリンビール北海道千歳工場は、工場見学、ビアレストラン「ハウベ」もあってキリンビアパーク千歳と呼ばれています。工場見学は、案内1時間、試飲20分の1時間20分。ビールの原料や製麦、仕込み、発酵・貯蔵、濾過などの工程を学ぶ…
室蘭本線追分駅近く、かつては鉄道基地として活気あふれた追分機関区(後の追分運転区)跡地に設けられた資料館。明治25年、北海道炭礦鉄道の駅開業と同時に機関区が置かれた場所です。現在の石勝線と室蘭本線の分岐する駅という意味で…