我孫子市白樺文学館

我孫子市白樺文学館

千葉県我孫子市(あびこし)の手賀沼北岸、手賀沼公園近くに建つ文学館が我孫子市白樺文学館。明治時代末頃、我孫子は「北の鎌倉」と呼ばれるほど風光明媚な土地で、当時は白樺派をはじめ多くの文化人達が居を構えていました。その歴史を紹介するミュージアムです。

大正時代、我孫子に集結した白樺派の面々

我孫子市白樺文学館

武者小路実篤と志賀直哉が発刊を話し合い、明治43年創刊の同人誌『白樺』を中心として起こった文芸思潮のひとつが、白樺派。
白樺派のメンバー、柳宗悦(やなぎむねよし)、志賀直哉、武者小路実篤(むしゃのこうじさねあつ)らが相次いで移住した我孫子。

柳宗悦は、大正3年9月初旬、25歳の時に我孫子へ移住し、大正10年3月まで、我孫子で暮らし、志賀直哉などを誘っています。

志賀直哉は、大正4年、柳宗悦の勧めで手賀沼の畔に移り住み、大正12年まで我孫子で暮らし、同時期に同地に移住した武者小路実篤やバーナード・リーチと親交を結んでいます。

武者小路実篤は、大正5年暮れに我孫子に移住し、大正7年9月に日向の「新しき村」に出発するまで我孫子に暮らし、志賀直哉、柳宗悦たちと毎日のように舟や徒歩で往来し、家族ぐるみの交流。
さらに岸田劉生、犬養健、梅原龍三郎ら、若手芸術家が訪れ、我孫子の白樺派コロニーの中心的な存在にもなっています。

バーナード・リーチ(Bernard Howell Leach)は、大正5年、柳宗悦に誘われ我孫子の三樹荘に窯を築いていますが、大正8年、窯が焼失したのを機に我孫子を離れています。

こうした我孫子の白樺派の歴史を後世に伝えようと、日本日本オラクルのCEO・佐野力(さのちから)が設立し館長に就任したのが白樺文学館。
平成20年度に我孫子市に寄贈し、平成21年4月から我孫子市白樺文学館として運営されています。 

1階の中展示室には柳兼子(柳宗悦の妻)が晩年愛用したピアノをはじめ文学館の所蔵品を展示。
あえてサロン風な展示は、白樺派の雰囲気を活かすため。
1階の図書室では雑誌「白樺」の復刻版をはじめ、白樺派民藝運動関係の書籍を閲覧することができます。

2階は大展示室で、テーマ展『白樺派と我孫子』、『民藝運動と我孫子』、企画展を開催。
地階は音楽室で、アルト歌手でもあった柳兼子の歌曲を中心に展示に合わせた歌曲が流れています。

我孫子市白樺文学館
我孫子市白樺文学館
名称 我孫子市白樺文学館/あびこししらかばぶんがくかん
所在地 千葉県我孫子市緑2-11-8
関連HP 我孫子市公式ホームページ
電車・バスで JR我孫子駅から徒歩15分
ドライブで 常磐自動車道柏ICから約10km
駐車場 2台/無料
問い合わせ 我孫子市白樺文学館 TEL: 04-7185-2192
掲載の内容は取材時のものです。最新の情報をご確認の上、おでかけ下さい。
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