福岡城跡

関ヶ原の合戦の戦功により、筑前52万石の領主となった初代福岡藩主・黒田長政が、1601(慶長6)年から7年がかりで築城した城が福岡城。一説には豊臣秀吉の文禄・慶長の役で2回にわたって攻防戦を繰り広げた韓国・晋州城(チンジュソン・現在の晋州市)を参考に縄張りしたとか。国の史跡に指定され、「日本100名城」に選定。

福岡初代藩主・黒田長政が7年がかりで築城

福岡城本丸周辺 空撮 Photo Map

黒田長政は2回目の晋州城攻めで先陣を任されてるため、その時の攻防戦を参考にしたのだとか。
城を中心にした博多湾の姿から「舞鶴城」とも呼ばれてります。

天守閣の存在は不確定ですが、大中小の各天守台の石垣が現存。
1646(正保3)年の城絵図には天守は描かれていませんが、1620(元和6)年に小倉藩主・細川忠興が息子・忠利へ宛てた手紙に、黒田長政が幕府への配慮から天守を取り壊すと語ったと記されており、築城当初には天守があったと推測できます。

江戸時代の大半、天守はありませんでしたが47の櫓がある名城でした。

第2次大戦時には陸軍第24連隊が駐屯し、昭和20年の戦火で城郭の大部分を焼失。
国の重要文化財に指定された多聞櫓(たもんやぐら)とそれに続く二の丸南隅櫓のほか、福岡県の文化財に指定される潮見櫓、下之橋御門(大手門)、祈念櫓、旧母里太兵衛邸長屋門(きゅうもりたへえていながやもん)、名島門(移築)などが現存し、大天守台は展望台になっています。
また下之橋御門が復元されています。

城を囲む外堀に県指定天然記念物のツクシオオガヤツリが自生。
また古代の大陸との交流で使われた迎賓館である「鴻臚館」があったのも、現在の福岡城跡だったことがわかっています(三の丸、平和台球場一帯から遺構が発掘されています)。

福岡城跡一帯は、舞鶴公園として整備されています。
また、展示拠点施設として「福岡城・鴻臚館案内処・三の丸スクエア」が旧三の丸(舞鶴中学校跡地)に建っています。

 

福岡城跡 DATA

名称 福岡城跡/ふくおかじょうあと
所在地 福岡県福岡市中央区城内
関連HP 福岡市公式ホームページ
福岡城むかし探訪館公式ホームページ
電車・バスで 地下鉄空港線赤坂駅または大壕公園駅から徒歩8分。天神バスセンターから西鉄バス西浜・姪ノ浜行きで4分、大手門下車、徒歩2分
ドライブで 福岡都市高速西公園ランプから約2.8km。または、天神北ランプから約3.3kmで舞鶴公園第2駐車場
駐車場 舞鶴公園第1駐車場(69台/有料)・舞鶴公園第2駐車場(72台/有料)
問い合わせ 福岡市経済観光文化局文化財部文化財保護課
TEL:092-711-4666/FAX:092-733-5537
掲載の内容は取材時のものです、最新の情報をご確認の上、おでかけ下さい。

取材・画像協力/福岡市

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