福岡県行橋市の南西、標高216mと208.7mの双耳峰・馬ヶ岳山頂にある中世の山城が馬ヶ岳城。その築城は古く、天慶5年(942年)、源経基(みなもとのつねもと)による築城と伝えられています。天正15年(1587年)には、豊臣秀吉が九州を平定時に滞在。黒田孝高(官兵衛、如水)が豊前移封後に初めて入った城もこの馬ヶ岳城です。
黒田官兵衛が九州で最初に居城した山城
東西2つの峰からなり、曲輪(くるわ)も双耳峰を活かしてに造られています。
現在は東側の峰(208.7m)近くに土塁が残るのみですが、戦国時代は豊前の要害として大内氏、大友氏、毛利氏などが入り乱れる舞台となっています。
天正15年(1587年)、豊臣秀吉は九州平定のため九州に上陸し、小倉城から移動して3月29日に馬ヶ岳城に入り2泊しています。
その時の軍奉行(いくさぶぎょう)が黒田孝高(官兵衛、如水)です。
尾根続きの西側に、唐・新羅連合軍の襲来に備え、京都平野(みやこへいや)を防備する古代の山城、御所ヶ谷神籠石(ごしょがたにこうごいし)も築かれていたことから、交通の要衝だったことがわかります。
黒田孝高は、中世の山城である馬ヶ岳城ではなく、新たに近世的な中津城(現・大分県中津市)を建設し居城としています。
そのため、黒田孝高は、極めて短期間の居城となっています(元和の一国一城令で廃城)。
山麓の大谷口から虎口まで徒歩6分(400m)、山頂までなら徒歩で40分(1.4km)ほど。
みやこ処理場奥にある馬ヶ岳城西谷駐車場から徒歩15分(900m)で大谷口の登山口。
ちなみに馬ヶ岳という山名は、神馬の姿に似ていることに由来します。
馬ヶ岳城 | |
名称 | 馬ヶ岳城/うまがだけじょう |
所在地 | 福岡県行橋市大谷・西谷・みやこ町犀川花熊 |
関連HP | 行橋市公式ホームページ |
ドライブで | 東九州自動車道今川スマートICから約4kmで駐車場 |
駐車場 | 馬ヶ岳城跡西谷駐車場 |
問い合わせ | 行橋市文化課 TEL:0930-25-1111 |
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