『古事記』の冒頭を飾る「国生み神話」に、天地創造の最初に誕生するのは淡路島と記されています。時代の幕開けを告げる金属器文化を支え、巧みな航海術でヤマト王権と交流した海の民の存在がありました。そんな「国生みの島・淡路」を象徴するのが松帆銅鐸(まつほどうたく)です。
「国生みの島・淡路」から音を聞く銅鐸が出土

弥生時代は、稲作の普及というイメージがありますが、実はもうひとつ大きな特徴があります。
それが金属器時代の幕開け。
『古事記』の冒頭を飾る「国生み神話」で、「国生みの島」とされる淡路島では、、紀元前に製作された古式の青銅器である21個の銅鐸と14本の銅剣が発見されています。
淡路島の最南端、南あわじ市からは、銅鐸の中でも最も古い形態とされる中川原銅鐸(なかがわらどうたく)も出土していますが、注目は松帆銅鐸。
2015年、南あわじの石材製造販売会社所有の砂山から合計7個の銅鐸が発見され、地区名をとって松帆銅鐸と名付けられたもの。
銅鐸のなかでも古い段階に製造されたものですが、それぞれに「舌」(ぜつ)という細長い棒を有していたのです。
銅鐸内部に吊り下げて音を鳴らすための部品で、松帆銅鐸では吊り下げるための紐や、その痕跡が銅鐸とともに発見され(銅鐸は舌を吊り下げたまま、大きい銅鐸に小さい銅鐸を入れた入れ子にして出土)、国の重要文化財に指定されたのです。
この松帆銅鐸の出土と解析から、初期の銅鐸は、「音を聞く」銅鐸であることが明らかになったのです。
しかも、舌の側面と銅鐸のすその内側にとてもすり減っている部分があり、何度も音を鳴らしたと推測できるのです。
つまり、祭祀の際に、音を鳴らし、最終的には埋めるという神聖な儀式が行なわれていたのかもしれません。
分析の結果、松帆3号銅鐸と加茂岩倉遺跡(島根県雲南市加茂町岩倉)出土の27号銅鐸、松帆5号銅鐸と荒神谷遺跡(こうじんだにいせき/島根県出雲市斐川町神庭、全国最多の青銅器大量埋納遺跡)出土の6号銅鐸が同じ鋳型の兄弟であることも判明。
古代の「出雲王国」との交流も明らかとなったのです。
同じ鋳型で作られた「兄弟銅鐸」としては荒神谷遺跡と吉野ヶ里遺跡でも出土があるので、弥生時代のかなり広域な交流も判明。
さらに松帆銅鐸の舌部分の成分分析(ICP分析・鉛同位体比分析)では朝鮮半島産の鉛が使用され、銅70~81%、錫10~16%、鉛4~18%であること、その成分比率は朝鮮半島に由来する青銅器の比率に近似していることもわかりました。
松帆銅鐸に付着していた植物の放射性炭素年代測定分析の結果、2100~2300年前頃に埋められたことが判明、埋められた実年代が判明した日本最初の銅鐸ともなったのです。
自然素材しかなかった弥生時代、青銅器は威信を示す財物や祭器として扱われた朝鮮半島から伝来の貴重品。
「国生みの島・淡路」という神話が、単なる神話でない可能性をも秘めた松帆銅鐸ということになるのです。
| 淡路島で出土の松帆銅鐸に学ぶ、「国生みの島・淡路」 | |
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