林さんのルーツを探せ!

江戸時代の儒学者・林羅山(トップの画像)は、京・四条新町の出身。
女流作家の林芙美子は北九州。
同じく作家の林真理子は山梨県山梨市。
俳優の林隆三は、東京都新宿区四谷、元歌舞伎役者で俳優の林与一は、大阪府出身。
林さんには政治家も多く、最近では林寛子(扇千景)が神戸市の出。
予備校講師で「今でしょう」の林修先生は、愛知県名古屋市千種区出身。

林さんのルーツの筆頭は藤井寺

林とは文字通り木の茂っている所を指す言葉で、そのため、林姓も各地から発祥した。

拝志郷(はやしごう=愛媛県今治市拝志ほか)や拝師郷(はやしごう=京都府福知山市拝師ほか)といった地名から生まれた林氏も多い。
古代氏族の林氏は、河内国志紀郡拝志郷(大阪府藤井寺市林)を発祥とする林朝臣(あそみ)や林宿禰(すくね)、林史(ふひと)、林連(むらじ)など。
大阪府藤井寺市林に鎮座する伴林氏神社(ともはやしのうじじんしゃ)は、平安時代を通じて栄えた伴林氏一族の居住地
伴林氏は大伴氏の支族である林宿禰の一族が分家して、伴林一族として河内国に移住して祭祀を続けたものという。
神社には大伴氏の祖神である道臣命(みちのおみのみこと)・天押日命(あめのおしひのみこと)が祀られている。
周囲には前方後円墳も多く、ここが古くから拓けた林さんのルーツであることがよくわかる。

松本にも林さんのルーツが

ここで、ちょっと地味ながら、林さんなら知っておいて欲しい、林忠崇(ただたか)の紹介を。
林忠崇(ただたか)は信義の人であった。
時は幕末、風雲急を告げる慶応3年(1867)、当時江戸詰めであった上総請西(じょうざい)藩主・林忠崇のもとにも「大政奉還」の一報が慌ただしくもたらされた。
(請西藩=現在の千葉県木更津市請西に藩庁のあった藩)
このとき21歳の忠崇は、徳川300年の恩顧に報いんと徹底抗戦を決意。
徳川親藩が次々と官軍側につく中、なんと忠崇は自ら藩主の座を捨てて脱藩し、総督として官軍に立ち向かった。
富津、佐貫、勝山、館山と進軍、海路伊豆を目指し、箱根、奥州と転戦したが、とき利にあらず、ついに明治元年(1868)仙台にて降伏。
全国でただひとつ請西藩は取り潰しとなる。
初期に陣屋のあった貝渕陣屋跡(木更津市貝渕)と、2代林忠旭(ただあきら)の時に場所を移した真武根(まぶね)陣屋跡(木更津市請西)が残されている。
いずれにしろ林忠崇を除いて、戊辰戦争で大名が先頭に立って奮戦したことなど、他に例をみない。
昭和16年、林忠崇死去。享年94歳。
忠崇の死が、わが国最後の大名の死でもあった。

豪族の林氏としては、前出の林忠崇は、信濃林郷を発祥とする清和源氏義光流小笠原氏族林籐助光政から起こる三河林氏一族。
信濃国林郷は、現在の松本市の南東部、千鹿頭山(ちかとうやま)・千鹿頭神社の北東側にあたる。
明治8年に林村が里山辺村(現・松本市里山辺)に編入されるまでは、筑摩県筑摩郡林村が存在した。
徳川氏の始祖、松平有親・親氏が諸国放浪の途中、居を構えていた旧知の林藤助光政(小笠原清宗の次男)の元を真冬に訪れた。
光政は野兎を狩ってご馳走した。
林家の家紋「左三巴下一文字」は、徳川氏より賜ったもので、「正月並み居る諸侯の中で一番にお杯を頂戴する家柄を表す」という。
林さんのルーツとしては、林大城(金華山城)と林小城(福山城)からなる林城の跡が残されている
風林火山の幟が小笠原長時の本拠地の城山の入口に掲げられ、林城の大城、小城など一帯は大要塞群をなしていたと思われる。

松本の里山辺にある林城跡

松本の里山辺にある林城跡

石川・富山・兵庫にもルーツが

また、加賀国石川郡拝師を発祥とする加賀林氏は、藤原北家利仁(としひと)流藤原忠頼から起こり、代々加賀介に任じられ、同系に富樫氏がいる。
この加賀林氏からは、江戸幕府の林(りん)家の氏祖である林羅山が出る。
一門は「りんけ」と呼び習わされてはいるが、姓は「はやし」である。
石川県野々市市上林3丁目に鎮座する林郷八幡神社。北から下林、中林、上林と続く一帯が加賀国石川郡拝師(林郷)だ。
林郷八幡神社は、往古、拝師明神または拝師八幡宮と呼ばれた古社。土豪の林氏の氏神だ。

──また、尾張林氏は河野氏一族の河野通広が美濃国で林姓を名乗ったとも、稲葉氏の一族である稲葉通村の代に、姓を「林」と改めたともいう。
さらに、常陸国鹿島郡林を発祥とする常陸林氏は桓武平氏大掾(だいじょう)氏族。茨城県鹿嶋市林には林外城跡と林中城跡が残されている。
北野天満宮や下鴨社、諏訪大社下社にもその名が見える。

林神社としては、富山県砺波市林に鎮座する林神社は、古代の拝師郷に鎮座し、祭神の道臣命(みちのおみのみこと)は古代宮廷より勧請したものという。
北陸の林さんの貴重なルーツだろう。

林一族の守り神として知られる兵庫県明石市宮の上の林神社がよく知られている。
林神社は延喜式の明石九座のうちの一つだ。
こちらは兵庫の林さんのルーツ。

歴史は浅いが奈良市の漢國神社境内の林神社は、日本に初めて饅頭を伝えたという林浄因(りんじょういん)を祀り、「まんじゅうの神様」といわれている。
甘党の林さんは訪ねてみてはいかがだろうか。

林姓は富山で大姓2位、岐阜で4位、石川で6位など北陸を中心に分布している。

家紋は、三河林氏は、正月元旦に徳川将軍より一番に杯を賜ることから、拝領紋の左三つ巴の下に「一」の字を加えた、左三つ巴に一文字。
他に、林の字、隅切角(すみきりかく)に三文字、鶴、開扇、桔梗、丸に右三つ巴、丸に抱き柊、石もち剣片喰(かたばみ)、柏、花菱、笹、鷹の羽など。
ついでながら、林家正蔵(三平)家の家紋は花菱である。

 

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