一筆啓上書翰碑

一筆啓上書翰碑

福井県坂井市にある丸岡城内にある石碑が一筆啓上書翰碑(いっぴつけいじょうしょかんひ)。本多作左衛門重次(本多重次)が、長篠の戦いの戦場から妻に宛てた「一筆啓上 火の用心 お仙泣かすな 馬肥やせ」は、日本一簡潔な手紙として有名ですが、「お仙」とは、本多重次の長男・仙千代で、後に丸岡城城主となった本多成重のこと。

お仙泣かすなの「お仙」は丸岡城主・本多成重

本多重次(ほんだしげつぐ)は、享禄2年(1526年)、現在の三河国宮地(現・愛知県岡崎市宮地町)に生まれ、松平広忠(家康の父)、徳川家康に仕えた武将で、天野康景、高力清長とともに三河三奉行のひとり。
松平元康(家康)の初陣の際、先鋒を務めており、その際に弟・本多重玄が戦死しています。

武田軍と織田・徳川連合軍が戦った天正3年(1575年)の長篠の合戦(現・愛知県新城市)では、負傷し、片目を失っていますが、その時に出した手紙が、「一筆啓上 火の用心 お仙泣かすな 馬肥やせ」(原文は「一筆申す 火の用心 お仙痩さすな 馬肥やせ かしく」)。

本多重次は作左衛門(さくざえもん)と通称され、その短気で頑固な性格のため「鬼作左」(おにさくざ)といわれていたと伝わりますが、この手紙からは戦地に赴きながら、家庭と息子を気遣うこころがよく現れています。

坂井市の丸岡文化財団ではこの本多重次の書簡を「日本一短い手紙」とし、毎年40字までの「新一筆啓上賞」を募集し、町おこしに活用しています。
「一筆啓上 日本一短い手紙の館」もあるので、時間があれば寄り道を。

名称 一筆啓上書翰碑/いっぴつけいじょうしょかんひ
所在地 福井県坂井市丸岡町霞町1-59霞ヶ城公園内
関連HP 坂井市丸岡観光協会公式ホームページ
電車・バスで JR福井駅から京福バスで本丸岡行きで15分、丸岡城下車すぐ
ドライブで 北陸自動車道丸岡ICから約2km
駐車場 150台/無料
問い合わせ 霞ヶ城公園 TEL:0776-66-0303
掲載の内容は取材時のものです。最新の情報をご確認の上、おでかけ下さい。

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