神田明神『神田祭』|千代田区|2019

神田明神『神田祭』

2019年5月9日(木)〜5月15日(水)、東京都千代田区の神田明神で『神田祭』。江戸の総鎮守・神田明神(正式名は神田神社)の『神田祭』。江戸時代には天下祭といわれた江戸・東京を代表する祭礼。2019年は『山王祭』と隔年で行なわれる『神田祭』の年で、メインは土曜の『神幸祭』で神輿が江戸・東京の下町を巡行。

江戸三大祭、日本三大祭にも数えられる

『深川八幡祭』(富岡八幡宮)、『山王祭』(日枝神社/明治以前は山王権現)と並び江戸三大祭に、さらに京都・八坂神社(祇園社)の『祇園祭』(祇園御霊会)、大阪天満宮の『天神祭』と並び日本三大祭にも数えられるのが『神田祭』。

山王権現(現・日枝神社)は、太田道灌によって江戸城内に移築されたこともあり、江戸城と徳川将軍家の産土神とされ、江戸の町の守護神だった神田明神も家康の戦勝祈願でご利益があったため、ともに徳川家の庇護を受け、天和元年(1681年)以降は『神田祭』と『山王祭』が交互に隔年で行なわれるようになったのです。

『神田祭』も『山王祭』同様に江戸時代には山車行列が有名でしたが、路面電車の敷設や電柱の整備により廃れ、代わって神輿の巡行となっています。
『神田祭』と『山王祭』が天下祭といわれたのは、山車、神輿が江戸城内に入り、将軍の上覧を賜ったため。

神田祭の祭礼行列が初めて江戸城内に入ったのは元禄元年(1688年)のことで、5代将軍・徳川綱吉の生母・桂昌院が見物。
山車は氏子町内が新調・修復していましたが、神輿は徳川幕府が寄進していました。
諸大名が警護を担当する、まさに江戸を上げての大イベントだったのです。

現在、『神幸祭』では3基の鳳輦・神輿を中心に氏子神輿が加わって数万人の大行列が東京の中心、神田、日本橋や大手・丸の内、秋葉原を練り歩きます。
神社出発(発輦祭)8:00、両国旧御仮屋13:00着(昼御饌)/14:20発、銀座三越16:30、神社到着19:00(着輦祭)。
『神幸祭』翌日の日曜は、神輿宮入で各氏子町会自慢の神輿100基あまりが1日かけて神社へと宮入りします。
神田、日本橋、秋葉原、大手丸の内界隈で、200基もの神輿が担がれ東京都心が神田祭の賑やかな雰囲気に包まれるのもこの日。

神田明神『神田祭』|千代田区|2019
開催日時 2019年5月9日(木)〜5月15日(水)
所在地 東京都千代田区外神田2-16-2
場所 神田明神
関連HP 神田祭公式ホームページ
電車・バスで JR・東京メトロ丸の内線御茶ノ水駅から徒歩7分
問い合わせ TEL:03-3254-0753/FAX:03-3255-8875
掲載の内容は取材時のものです。最新の情報をご確認の上、おでかけ下さい。

神田明神

正式名は神田神社ですが、江戸時代以前からの神田明神で知られる「江戸総鎮守」。今でも東京の都心部、神田、日本橋、秋葉原、大手町、丸の内など108の町々の総氏神となっています。京都の祇園祭、大阪の天神祭とならんで「日本の三大祭」に数えられる神田

広重&北斎 浮世絵に描かれた神田明神・神田祭

年配の人だと神田明神といえば、明神下に住んだ銭形平次を思い浮かべるかもしれません。銭形平次は実在の人物ではありませんが、平次の暮らした明神下から男坂の階段を上ると、眺めの良い、神田明神の境内です。この男坂の石段も日本橋・神田界隈の町火消(ま

日本三大祭

日本三大祭とは!?

日本三大〇〇に関しては、自然発生的なものが多く、日本三大祭に関してもいわゆる「選者不明」の三大のひとつ。一般的にはその歴史、伝統、規模などを鑑みて、東京・神田神社(神田明神)の『神田祭』、京都・八坂神社の『祗園祭』、そして大阪・大阪天満宮の

 

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