豊楽寺

豊楽寺

高知県大豊町(おおとよちょう)にある真言宗智山派の寺で、柴折薬師とも呼ばれるのが豊楽寺(ぶらくじ)。神亀元年(724年)、行基創建と伝えられる古刹で、正式名は大田山大願院豊楽寺。鳳来寺山峰薬師(鳳来寺=愛知県)、常福寺の赤井嶽薬師(福島県いわき市)と並び、日本三大薬師にも数えられています(日本三大薬師は諸説あります)。

国宝の薬師堂は、現存する四国最古の建築物

戦国時代に土佐国を領有した長宗我部元親(ちょうそかべ もとちか)、初代土佐藩主・山内一豊(やまうちかずとよ)、2代藩主・山内忠義(やまうちただよし)らの尊崇を受けています。

平安時代末期建立の薬師堂は現存する四国最古の建築物で国宝(高知県の国宝建築物は、豊楽寺薬師堂のみ)。
本尊は行基作という伝承のある薬師如来。
薬師如来像の胎内に仁平元年(1151年)の年記とともに「五間四面薬堂造立」の記載があるため、薬師堂はこの年の建立と推測できるのです。

須弥壇上に薬師如来坐像(像高132.1cm)を中心に左に釈迦如来坐像(像高133.5cm)、右に阿弥陀如来坐像(像高131.6cm)を安置していますが、もともとは右側の薬師如来が本尊で、現在の中尊と入れ替わったのだと推測されています。
木造薬師如来坐像と両脇侍像・二天王立像は国の重要文化財。
「高知県立歴史民俗資料館」には釈迦如来坐像のレプリカが収蔵されています。

ちなみに、豊楽寺の近くには、延暦15年(796年)に定められた太政宮道が通り(それ以前の南海道は伊予国経由でした)、古くから四国山地越えの要衝だったことから寺が建立されたと推測できます(近世には土佐北街道が新たに開削されています)。
土佐国府からは、頭駅(づえき=現・香美市土佐山田町)、吾椅駅(あがはしえき=本山町)、そして現・大豊町の丹治川駅(たじがわえき)から、笹ヶ峰、笠取峠などを越えて、大岡駅(おおおかえき=現・四国中央市妻鳥町)に出て、京の都へと向かったのです。
土佐国最後の宿駅、丹治川駅は立川番所(「旧立川番所書院」として現存)あたりにあっただろうと推測されていいます。

名称 豊楽寺/ぶらくじ
所在地 高知県長岡郡大豊町寺内314
関連HP 大豊町観光開発協会公式ホームページ
電車・バスで JR土讃線大田口駅から徒歩30分
ドライブで 高知自動車道大豊ICから約11km
駐車場 20台/無料
問い合わせ TEL:0887-73-0029
掲載の内容は取材時のものです。最新の情報をご確認の上、おでかけ下さい。
旧立川番所書院

旧立川番所書院

愛媛県、徳島県の県境に接する高知県大豊町(おおとよちょう)。旧立川番所書院は、土佐藩の参勤交代における土佐街道(土佐北街道)途中、土佐最後の宿所で、国境警備の拠点となった立川番所(関所)の跡。藩主の宿泊所でもあり、御殿と呼ばれた立川番所の

 

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