志摩国分寺(志摩国分寺跡)

志摩国分寺(志摩国分寺跡)

天平13年(741年)に聖武天皇の詔で全国に造られた国分寺(金光明四天王護国之寺)の後継寺院が三重県志摩市阿児町国府(こう)にある志摩国分寺。往時の伽藍などは応仁の乱による兵火などで焼失、荒廃。現在は江戸時代末期建立の小さなお堂があるだけで、往時を偲ぶものはないのが残念。志摩国分寺跡は発掘調査もなく、全貌は定かでありません。

志摩国分寺跡は未だ未発掘

志摩国分寺跡から瓦は出土していますが、発掘調査などは行なわれていません。
志摩国分寺の建つ国府地区には、集落内に条里制を推測させる地割りも現存し、国府もあったと推測されますがその場所は特定されていません。
現在の国分寺の本尊(薬師如来座像)は三重県県の文化財で、20年に一度御開帳される秘仏。

志摩国(しまのくに)は、7世紀後半〜8世紀初めに伊勢国から分立して誕生しましたが、小国ゆえに伊勢国の属国的な扱いで、国司も伊勢に在住していたと推測されています。
海産物に富んだ志摩は御食国(みけつくに=皇室・朝廷に食料を貢ぐ国)で、高橋朝臣(たかはしあそん)が世襲で内膳司奉膳(ないぜんしぶうぜん=天皇の日常における食事の調理と配膳および食料の調達を担当する官司の長官)として志摩国、若狭国の国司を務めています。

名称 志摩国分寺(志摩国分寺跡)/しまこくぶんじ(しまこくぶんじあと)
所在地 三重県志摩市阿児町国府3476
関連HP 志摩市観光協会公式ホームページ
電車・バスで 近鉄志摩線鵜方駅から安乗行きバスで14分、国府白浜下車、徒歩5分
ドライブで 伊勢自動車道伊勢ICから約33km
駐車場 30台/無料
問い合わせ 志摩国分寺 TEL:0599-47-3128
掲載の内容は取材時のものです。最新の情報をご確認の上、おでかけ下さい。
伊賀国分寺跡

伊賀国分寺跡

天平13年(741年)、聖武天皇の詔(みことのり)で全国に造られた国分寺(金光明四天王護国之寺)のひとつが伊賀市にある伊賀国分寺。伊賀国分寺跡は、伊賀市街地の東方、名阪国道に隣接していますが、立体交差(高規格道路)のためドライブの場合は友生

 

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